世界が滅びる前に
「そんなことがあって、私はここまでやってきたのです」
アナトはザクスの話を聞き終えても、ただ黙っていた。その沈黙をどう捉えたのか、ザクスは照れたように苦笑いを浮かべながら、アナトに問いかける。
「やはり、私の祈りは正しくないのでしょうか。愛した人が死ぬ前に、雪を一緒に見たいと願った私の祈りは」
摩妃もアナトの意見に興味があったのか、恐る恐るといった様子で、視線を向けてきた。アナトは小さく唸ったあと、躊躇いながらも自分の考えを口にする。
「間違っている、とは思わない。大切な人がいることは、素晴らしいと僕も思うから」
共感を得た、とザクスが明るい表情を見せるが、アナトは「でも」と区切った。
「でも、自分を大切に想ってくれる人の気持ちを裏切ってはいけない、と思う」
「大切に想ってくれる人、ですか?」
理解できない、と言わんばかりに、アナトの言葉を繰り返すザクス。これにはアナトも眉を寄せてしまった。
「ミラージュさんは、貴方を追って大変な目に遭ったんだ。何も思わないのですか?」
「……確かに、彼女に酷いことをしました。私がいなくなっても、ウッタラで穏やかに暮らしてくれればいいのですが」
どうやら知らないらしい。アナトはこれまで見たことを話そうと、口を開きかけるが……。
「そ、そうだ! アナトさん、わ、私の話も聞いてください」
突然、摩妃が割り込んできた。
「こ、これから雪が降ります。たぶん、コーラルを覆いつくすくらいの、た、大量の雪が降り続けるんです」
「どうして、そんなことが分かるんです?」
「わ、私が降らせる、からですよ」
「摩妃さんは、ザクスさんの願いを叶えるために雪を降らすのですか?」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに、摩妃は笑みを浮かべる。
「さ、最初は、そ、そのつもりだったのですが、アナトさんの言っていたことを……た、試してみようと思っているんです」
「僕の言っていたこと?」
摩妃は頷く。
「自然を、か、回復させる、方法ですよ!」
他人に怯えがちに見えていた摩妃だが、急に前のめりになって話し始めた。
「私、自然が大好きなんです。動物も花も木も海も。だけど、人間とアンドロイドが汚して、ずっと嫌だなぁ、って思っていました。だけど、アナトさんが教えてくれたじゃないですか。コーラルが寒冷化すれば、人もアンドロイドも消えて、自然は回復するって」
「いや、それは……」
何か誤解を与えてしまったらしい。アナトは自分の考えを伝えようと思ったが……。
「ん??」
摩妃が急に扉の方へ振り返る。何か危険を察知したようだ。
「どうしたのですか?」
ザクスが聞くと、摩妃は納得いかないといった調子で答える。
「だ、誰かが私の使い魔を破壊したみたいなんです。並みの魔法では、は、破壊できないような使い魔なのですが……」
「やはり、中央から派遣された部隊でしょうか?」
摩妃は立ち上がる。
「わ、分かりませんが、少し、は、話し合った方がよさそうですね」
「では、私も。私の願いを訴えれば、理解してもらえるかもしれない」
そう言って、ザクスは天気予報を抱えて摩妃の方へ。
「あの、僕も」
こうなったら、一緒に出て瑠璃たちと合流しようと考えるアナトだが、摩妃は首を横に振る。
「い、いえ、危ないので……あ、アナトさんはここで、ま、待っていてください」
「なるべく早く戻れるよう、善処したいと思います」
確かに瑠璃たちは危険だ。そう言いかけるアナトだったが、摩妃たちは部屋を出て、扉を閉めてしまった。
「……まさか、とは思うが」
アナトは立ち上がり、ドアノブに手をかけるが、少しも動かない。ただ鍵がかけられているわけではないらしい。魔法で完全にロックされているようだ。
「摩妃さん、コーラルを滅ぼすつもり……みたいだったな」
しかも、自分が伝えた方法に従って実行するようだった。アナトは予想する。もし、自分の発言が摩妃を焚きつけるような形となり、それが瑠璃に伝わることがあったら……。
「まずいな。コーラルが滅びる前に、僕が殺される!!」
アナトは必死にドアを押したり引いたりと脱出を試みるが、とても意味があるようには思えなかった。他にも外へ出る方法がないか部屋中を探してみるが、やはり出口は一つだけのようだ。
「……さて、どうしたものか」
アナトは呟き、取り敢えずコタツの中に足を入れてみるのだった。




