ザクスの過去④
「何を言っているの……?」
天気予報を手にして、自宅に戻ったザクスに対し、ミラージュは複数の思考エラーを出しているようだった。
「説明した通りだ。私はこの村を出る。彼女を……救いたいんだ」
「ダメよ。絶対にダメ! 今ならまだ間に合う。村の人たちに、それを返して祈りを取り下げてもらいましょう!」
椅子に腰を降ろしていたミラージュが立ち上がる。きっと、彼女はパートナーの愚行を止めたかったのだろう。だが、ザクスはそれを接近する危険として察知してしまった。
「動かないでくれ、ミラージュ」
ザクスがミラージュに向けた右手が、瞬時に銃身の形へ変化する。そこから放たれる魔力光線は、彼女を焼き切ることも可能だ。銃口を見つめるミラージュの瞳が揺れる。
「貴方にとって……私はなに?」
答えないザクスに、彼女の感情プログラムによる処理は正常性を失ったようだった。しかし、自分の行動に一切の矛盾がなかったザクスは平然と答える。
「助けてもらった友人だ。その感謝は忘れない」
フリーズするミラージュは、エラーを吐き出す感情プログラムによって、顔をひきつらせた。
「ふざけないで。感謝を忘れない? 違うでしょ。私たちはつい感謝を忘れてしまうような、お互いが傍にいて、当たり前のような関係性だったはずでしょ!?」
「……理解できない」
「どうして? 自然な気持ちを伝えているだけなのに……」
「たぶん、私は君より旧型だから、複雑な心を理解できないのかもしれない」
ザクスとミラージュは、同じものを見ているようで、同じように感じているようで、少しも共有しているものはなかったらしい。ミラージュの怒りと屈辱は、彼女の瞳を青く染めた。
「個体識別ナンバー、2-8189。コードネーム、ミラージュ。戦闘プログラム、起動」
感情が高ぶったミラージュは、意図せず戦闘プログラムを起動させてしまう。
「そんなものさえなければ!」
天気予報を破壊するため、踏み出そうとするミラージュだったが、その瞬間にザクスも攻撃行動に移る。右腕から放たれた魔力光線が、ミラージュを襲ったが、彼女はバリアを張って身を守った。同時にザクスも戦闘プログラムを起動させる。
「個体識別ナンバー、2-2643。コードネーム、ザクス。戦闘プログラム、起動」
そして、一息に距離を詰めて、ミラージュを蹴り付ける。一瞬の動揺によって防御に遅れたミラージュは、攻撃をまともに受けて、壁にボディを打ち付けると動きを止めてしまった。
「すまない、ミラージュ。私にとって彼女は、何よりも大切な存在なのだ」
そう言い残して、ザクスはソアラを手に取ると、自宅を出てしまった。だが、どこへ向かえばいいのだろうか。混乱していると、ソアラがメッセージを映し出す。
「北へ」
村を出る直前、ミシマとすれ違ってしまった。彼に呼び止められたが、もちろん、受け答えする時間はない。彼はただ北へ向かった。どれだけ走っただろうか。消耗を感じて、森の中で休むザクスだったが、ソアラに言葉をかけても何も答えが返ってこない。
「まさか……表示機能に不具合が?」
彼女のボディは刻一刻と劣化が進んでいるはず。もしかしたら、数字を表示する機能すら失われてしまったのかもしれない。
「私は……どうすればいいのだ」
絶望するザクス。ただ、それは村を出たことに対する後悔ではなかった。もちろん、ミラージュの想いを無碍にしてしまったことでもない。
ただ、祈りを捧げても奇跡は起こらず、ソアラに雪を見せるという祈りを叶えられないのでは、という恐怖でしかなかった。
「こんばんは」
しかし、そんな彼のもとに魔女が現れる。
「お待たせしました。ノモスに祈りを捧げたアンドロイドは貴方ですね?」
微笑みながら森の中を歩く女は、まるで草木の方が避けるようである。そして、揺れる白髪はオリジナルウィッチであることを示していたが、それでもザクスは確認せずにいられなかった。
「魔女、マーユリー?」
頷く魔女は、穏やかな笑みを浮かべたまま言う。
「貴方の気持ちは決まっていますか? だとしたら、私がお伝えすることは一つだけです」
マーユリーはゆったりとした動作で腕を持ち上げると、人差し指で進むべき方向を示した。
「北へ向かってください。そこに魔女の工房が建っています」
同時に、ネットワークを通じてザクスにメッセージが届く。開封すると、座標が記されていた。そこに何が待っているのだろう、と息を飲むザクスに、マーユリーは説明を付け加える。
「安心してください。貴方の願いを妨げようとするものは、こちらで対処します」
「願いを妨げるもの、ですか……?」
それが何を指しているのか、理解できないザクスだが、マーユリーは小さく顎を引く。
「貴方が現れたということは、私の祈りはノモスに正しくないと判断された、ということですね」
「正しいか、正しくないのか。それはノモスが決めることではありませんから」
それ以上、マーユリーは何も言わなかったため、ザクスは走り出した。ただ、北へ向かう。もう一度、ソアラと一緒に雪を見るために。白い息を吐きながら、ザクスはそれを見つけた。
「もう少しだ、ソアラ。一緒に……雪を見よう」
海沿いの山道に建てられた、木製の家。ついにザクスは、魔女パールヴァの工房に辿り着いたのだ。




