ザクスの過去③
数字の意味さえ理解してしまえば、会話はスムーズだった。ソアラは空白の時間をザクスに伝える。
「魔女の攻撃の後、私のボディは大破したが、メカニックブレインにあるメモリは生きていた。しばらくは荒野に晒されていたが、どうやらジャンク品として回収されたのだろう。気付いたら、この姿になって売りに出されていたのさ」
ただ、彼女のメモリは天気予報の表示に使われるため、音声を発することも、何らかのメッセージを映し出すこともできなかった。だから、ザクスがウッタラを訪れた日も、彼が彼だと知りながらも、何も言えなかったらしい。
「女と現れたときは、少し驚いたぞ」
ただの数字の羅列ではあったが、彼女が微笑む姿が浮かぶようだった。
「なぜ最近になってメッセージを発するようになったんだ?」
何か奇跡が起こったのだろう。ザクスはそんな期待を持って質問した。
「安いボディが雨風に晒された結果、表示機能に不具合が生じたのだ。それを少しずつ調整した結果、ゼロとイチであれば、思うように表示が可能となった。後はお前が気付いてくれると信じて、ずっと名前を呼び続けた。気付いてもらえたことは、嬉しかったよ」
やはり、二人の運命を再び繋ぎ合わせる奇跡が起こったのだ。ザクスは感動を覚えたが、それは単純に喜べるものではなかった。
「しかし、その影響でこのボディは急激な劣化が始まった。メモリに近い部分が熱を持ち始め、それが次第に強くなっている。このままだと、私のメモリを焼いてしまうだろう」
だとしたら、すぐにメモリを取り出し、新しいボディに移植しなければならない。ザクスは技師の街であるアキーバに行って、新しいボディを用意してもらおう、と提案するが、彼女は拒否した。
「ザクス、昔とは違ってメカニックブレインの製造は難しいと聞いたことがある。もし、ボディが手に入ったとしても、メカニックブレインがなければ、動けはしない。私のような旧型アンドロイドのために、メカニックブレインなんて貴重なものは、誰も用意してくれやしないさ。それに、時間も残されていないんだ」
「どういうことだ?」
「私の試算では、メモリが焼けるまで一週間足らずだ。新しいボディが用意できたとしても、間に合わない。それから、既にメモリそのものもダメージを負いつつあるから、助かりはしないだろうな」
「せめて、そのボディから離れれば……」
その提案に、ソアラの回答が遅れる。だが、意を決したように彼女は願いを打ち明けた。
「実は、視覚機能があるうちに、もう一度、雪を見たいんだ」
「雪を?」
「そう、あのとき見た……雪を」
ザクスのメモリに、二人で見た雪の光景がフラッシュバックする。共に見た奇跡の現象。彼の感情を掻き立てるようにソアラは言う。
「このボディから離れて、メモリだけの存在になったら、視覚機能も失われてしまう。そうなれば、暗闇の中、メモリが停止する瞬間を待つしかない。だから、それまでに雪を……」
ザクスは彼女を救いたかった。いや、救うだけでなく、雪を見せてやりたい。ただ、同時に彼は知っている。このコーラルには、雪などという気象現象は既に失われてしまったのだ、ということも。だが、彼はソアラに言った。
「私も、君と一緒に雪を見たい。行こう、雪が降る場所へ」
「しかし、どこで雪は見られるのだろうか」
どうやら、ソアラは世界の変化を把握していないらしい。酷なことだと思ったが、ザクスは雪が失われた気象現象であることを告げなければならなかった。
「そうだったのか」
数値の羅列から、ソアラの落胆が伝わってきたが、ザクスは彼女を悲しませるつもりなどなかった。
「でも、安心してほしい。君に雪を見せてやる」
「どうやって?」
ザクスの決意は既に固まっていた。彼は躊躇うことなく、その方法を伝える。
「願おう。ノモスに祈りを捧げるのだ」
驚いたに違いない。またも、ソアラの回答が遅れたが、彼女は言う。
「危険だ。正しい祈りと認識されるとは思えない」
「分かっている。だけど、私は君のためなら、邪教徒に身を落とす覚悟はできている」
「マーユリーに祈りを捧げるのか?」
「そうだ」
沈黙が流れた。今度は回答の遅延といえるものではなく、完全な沈黙である。だが、ザクスの足元に再び数字が並ぶ。
「ありがとう」
さっそく、付近にある放置されたノモスの端末へ向かおうとするザクスだったが、再び彼女からメッセージが。
「私も一緒に行く。邪教徒に身を落とすなら、共に行こう。かつてのように」
二人は祈りを捧げた。端末には「Brave New World」と短く表示されるだけで、何も起こらなかったが、既に事は動き出している。ウッタラは敬虔なニルヴァナ教徒の村。正しくない祈りと分かっていながら、ノモスに願ったのであれば、追放されることは間違いない。
「この村を出なくては……。だが、その前に」
ザクスは思い残したことがあった。それは、自分を救ってくれた、ミラージュに別れを告げること。だが、ザクスは理解していなかった。自分がソアラを愛するように、ミラージュもザクスを愛しているのだ、と。




