ザクスの過去②
ザクスとミラージュは旅を続けたが、田舎の村に行き着く。そこがウッタラだった。敬虔なニルヴァナ教徒が集まる村で、人々は礼節を重んじて、慎ましい日々を大切にする。戦争を駆け抜け、多くを失った二人には、落ち着ける場所だった。村人たちは言う。
「この村に二人が来てくれて、本当に良かったよ」
「野盗や邪教徒の襲撃で命を落とす人も減ったよな」
「ザクスは英雄だよ」
村に危害を与える存在は徹底的に排除し、彼らが日常的に困ることがあれば手を貸す。それだけで、人々は二人を隣人として認めてくれた。ウッタラの生活が落ち着き始めた、良く晴れた日のこと、ミラージュは言った。
「ザクス、私は貴方に感謝している」
「何をいまさら」
互いを支え合うことが当然の関係だ。今になって礼を言うなんて。そう思ったザクスだが、ミラージュは首を横に振った。
「いいえ、言わせて欲しい。私は戦争で多くを失ったわ。それは、二度と取り戻せないくらい大切で、唯一の価値があるものだと思っていたのに……貴方はすべてを埋めてくれた。そして、この穏やかな村で、ずっと二人で生きていけるなら、私は幸せな人生を歩んだと、最後に言えると思う。コーラルはたくさんの苦しみで溢れていると言うのに。それって奇跡のような話だと思わない?」
少し照れくさそうに窓の外へ目線を向けるミラージュだが、彼女の目に映る景色は、青い空と銀色の太陽光。あのとき、ザクスが見た奇跡の光景とは別物だった。しかし、彼は言わなければならない。
「ああ、私も同じように思う。出会ってくれてありがとう、ミラージュ」
その日から、ミラージュの距離感が変わってきた。肉体的な距離も、精神的な距離も。そんな変化を村の人々も感じたのか、それ以降は二人を「夫婦」と認識するようになる。ザクスにとっても、それは自然なことだったが、どこか拭い去れない違和感があった。
その違和感の正体に気付いたのは、普段より肌寒く感じる日の朝だった。
「今日は冷えるね、ザクス」
見回りで村の中心地を歩いていると、よく会話を交わす、ミシマという青年に声をかけられる。
「もう一枚服を着た方がいいかもしれませんね。平年に比べて、温度が低いから」
人には正確な変化は分からないだろう、と思ったが、ミシマは得意げに言った。
「知っているよ。昨日より、三度も低いね」
なぜ正確な数値が分かったのか。ザクスは理解する。
「ああ、この村には天気予報がありましたね」
「そうだよ。気温を数字で知らされたところで、便利なことはないけれど、明日の天気が分かるのは便利だよね」
「確かに、天気は畑に影響しますからね」
そう言って、ザクスは顔を上げ、宙に固定されている銀色の球体を見る。何やら光を発しているようだが、と目を細めると、横にいたミシマが呟いた。
「まただよ。最近、調子悪いんだよな」
「どうしました?」
視線をミシマの方に向けると、彼は足元を見て、何やら首を傾げている。
「天気予報の表示が変なんだ。いつも気温が表示されるのに、意味のわからない数字を出すようになったんだよ」
天気予報はいつも「晴れ」や「雨」といった表示と一緒に、気温を示した数字で地面に映し出す。しかし、そこには一目で気温ではない、と分かる数字の羅列があった。ミシマは溜め息を吐く。
「まぁ、ガラクタの中から見つけたロステクらしいから、いつ壊れてもおかしくないか」
ミシマが去って、ザクスは一人で天気予報を見上げてきた。天気と言うワードを耳にして、ザクスが連想するものは、たった一つ。
「また雪は見れるだろうか?」
天気予報に聞いてみるが、もちろん返答はなく、ザクスは己の発言がおかしくて、自虐の笑みを浮かべながら、その場を去った。このとき、ザクスは強い関心を示すわけでもなく、ミラージュのもとに帰ったが、なぜか天気予報が表示する数字が気になって仕方なかった。
それから、ザクスは天気予報のもとを訪れては、たまに表示される意味不明な数字を記憶した。最初は何気ない習慣のようなものだった。しかし、ゼロとイチの羅列を何度か記憶するうちに、その規則性に気付く。
「二進法か……」
数値をつなげると、パターンが分かり、文字に変換したところ、ザクスの名が浮かび上がったのである。
「なぜ、私の名を?」
数値の意味を理解すると同時に、ザクスは天気予報のもとへ駆け付ける。
「貴方は……もしかして」
ザクスの問いかけに、天気予報が反応し、彼の足元に連続でゼロとイチを表示させた。それを文字に変換すると……。
「そ・あ・ら……?」
確信した。ザクスにその機能があれば、彼は涙を流していただろう。膝を付き、彼は問いかける。
「ソアラなのか? ソアラなんだな??」
イエス。イエス。
天気予報はゼロとイチを繰り返す。
彼女はずっと伝えていたのだ。ここにいる、と。
ザクスは自身が「蘇った」と思った。ウッタラの日々は穏やかだったが、彼は無意識に「これでは自分も命のないロボットと変わりがない」と感じていた。
しかし、ソアラを見つけだした今、彼の中に再び生命力が沸き起こる。再び人生を歩めるのだ。彼は天気予報に手を伸ばし、彼女が発するわずかな光に、流れない涙を流すのだった。




