炬燵でゆっくりと
アナトが目を覚ますと、傍に炎の温もりを感じた。
「僕は……どうなったんだっけ?」
身を起こすと、やはり傍で炎が揺らいでいる。煉瓦に囲まれた炎は、人が暖を取るための仕組みに見えるが……。
「あ、目を覚ましましたか」
その声に視線を移すと、見知らぬ男が座っていた。椅子に座っている、わけではない。草のような香りがする床の上に、直接腰を下ろして、毛布のかかった低いテーブルの中に下半身を入れているようだ。
「これ、コタツって言うそうです。暖かいので、入ってみては?」
「いや、でも……僕は海に落ちて」
そう言って、アナトは服に触れるが、濡れた不快感が少しもなかった。男は混乱するアナトに微笑む。
「魔女様が落ちてきた貴方を受け止めてくれたので、大丈夫ですよ」
「……ここにいる魔女とは、摩妃さんのことですか?」
「ええ、そうです。魔女、パールヴァ様です」
アナトは安心する。自分が提供した情報に間違いはなく、瑠璃に怒られる心配がなくなったのだから。
そして、靴を脱いでコタツとやらに入ると、中に炎が仕込まれているのでは、と思えるほどに温かく、安心感がさらに増すのだった。
ぼんやりと辺りを見回すと、それほど広くない空間だと気付く。しかも、岩を削って作ったのか、洞窟に近いスペースであった。
「パールヴァ様なら、もう少しで戻ってくると思いますよ」
アナトがパールヴァの姿を探している、と思ったのか、男はそういって再び笑顔を見せた。
「そうですか」
相手の気づかいを無碍にしないよう微笑みながら、アナトは目の前の男を観察した。短い白髪だが恐らくは三十代前半と思える外見。表情や会話のリズムから、おそらくはアンドロイドだろう、と思ったが、それよりも彼の傍らにある銀色の球体が気になった。
色々聞いた方が良いのかもしれない。そう思うが、このコタツというテーブルはなぜか人の思考力を奪ってしまう。眠ってしまいたくなるが、ゆっくりしている暇はないはずだ。外にいる瑠璃たちを手伝わなければならないのだから。
しかし、アナトが腰を浮かしかけると、この空間に唯一備わる扉が開いた。
「やっぱり……私の家、壊されてました」
明らかに落胆した様子の摩妃が、トレイにカップを乗せて入ってきたのである。
「すみません、私のせいで」
男が頭を下げると、摩妃は失言だった、と目を見開いてから勢いよく首を横に振った。
「い、いえ、ザクスさんのせいでは、ありません。そ、それに……私も、す、好きでやっているので」
ザクス、という名前にアナトは気付く。彼こそ、瑠璃が追っている汚染犯なのだ、と。
「あら?」
二人のやり取りを眺めるアナトに気付き、摩妃は小さく頭を下げた。
「アナトさん、無事でよかったです。ま、またお会いできて……よ、よかった」
「こちらこそ、助けてもらったみたいで」
「いいえ。た、たまたまなので」
摩妃はトレイをテーブルの上に置き、カップをそれぞれの前に置く。お茶のようだが、あまり見ない深い緑色だ。結局、アナトは外に出るとは言い出せず、三人でお茶を楽しむ形となってしまった。
「あの、自分のことばかりで申し訳ないのですが」
どうしたものか、と様子を窺っていると、ザクスが最初に口を開いた。
「雪はどうなるのでしょうか? もしかして、降らないのでしょうか?」
どうやら、ザクスの目的は雪を降らすことのようだが、摩妃は否定するように手を仰ぐ。
「い、いえ。マユちゃんにお願いされたことなので、ちゃんと降らせてみますよ」
「しかし、私の祈りを止めようとするものが現れたのですよね? 中央から派遣された部隊でしょうか?」
「ど、どうなんでしょう。私の人造使い魔が、か、勝手に追い返してくれると思うので」
「例の装置を破壊されてしまったのでは?」
「あれは、こ、ここには置いてないので……安心して、ください」
摩妃は動揺しているように見えるが、計画が上手く行っていない、と言うよりは、本当に他人が苦手なのだろう。そのため、色々と聞いてしまったら彼女を困らせるかもしれない、と遠慮はあったが、アナトは素直に質問することにした。
「あの、雪が降るって言うのは、どういうことですか?」
摩妃に聞いたつもりが、彼女は目を泳がし、口を中途半端に開いたまま停止してしまう。代わり、と言うわけではないのだろうが、ザクスの方がどこか嬉しそうに説明を始めた。
「実はですね、私がノモスに祈ったのです。彼女と一緒に雪を見たい、と」
ザクスは傍らに置いていた、銀色の球体に触れる。その指先からは、愛しいものに触れるときの優しさが伝わってくるようだった。
「彼女、ですか?」
しかし、アナトはまったく意味を理解できず、説明を促すと、ザクスは頷いてから語り出した。
「はい。彼女は、私にとって母であり、教師であり、親友でもあり、そして……恋人だった。長い話になるかもしれませんが、聞いていただけますか?」




