それなら知ってる
日も暮れ始めたため、三人はテントを張って休むことにした。限られた食料を分け合いながら、ここに至るまでの経緯を共有する。
「と、言うわけで私とアナトくんも、ここまでやってきたのです」
翡翠の話を聞き終え、瑠璃は「なるほど」と頷いた。
「でも、よくアパラで車を借りられたわね」
ウッタラよりもさらに北へ離れた瑠璃からしてみると、翡翠が駆け付けてくれる可能性は限りなく低いと思っていた。しかし、二人が車移動だったから、あのタイミングに間に合ってくれたと言える。
「スフィアさんが頑張ってくれたんだよー。その代わり、瑠璃によろしく伝えてくれって」
「そう。今度お礼を言っておかないとね」
そこから、話は二つの事件を解決するために、どこへ向かうべきか議論となった。
「まずはザクスが何を祈ったのか」
瑠璃が一つ目の事件を整理する。
「彼は天気予報と言われるロステクを奪って北へ向かった。その祈りを叶えるために邪教徒がサポートしているみたいだけど、やつらはオリジナルウィッチかラストナンバーズが絡んでいる、と言っていたわ」
「祈りを成就させるために、魔女が協力しているってことか?」
アナトの質問に瑠璃は低く唸る。
「そういうことなんでしょうね。魔女本人の意思なのか、邪教徒が何らかの報酬を提示したのか」
その推測に対し、今度は翡翠が発言した。
「ザクスと魔女が親密な関係だった、ってことも考えられるよね。友達からお願いされて、断れなかった、みたいな」
「確かに、あり得るわね。でも、どっちにしても……事件の背景に潜む魔女の正体は分かった」
「そうだねー」
二人は事件の核心が既に見え始めているようだったが、もちろんアナトは理解できなかった。
「なぜ分かるんだ??」
その質問を予想していたように瑠璃は説明する。
「まずはこの異常な寒さ。これは正しくない祈りによって起こった自然現象ではなく、何者かが起こしているとしたら……」
「そんなこと可能なのか??」
「膨大な魔力を持ち、この現象と相性のいい性質を持つ魔女なら……あるいは、ね」
アナトはそれを聞いても、スケールの規模感すらイメージできないようだったが、瑠璃は説明を続ける。
「そして、もう一つは正しくない教えを広めようとした魔女の手口かしら。邪教徒の仕業が大きいところはあるかもしれないけど、決定的と言えるのは、ミラージュが氷漬けにされていた、という点ね」
翡翠がどこか揶揄うような笑顔を浮かべながらアナトに言う。
「コーラルに住む人間なら魔女戦争の話をある程度は知っているから、連想できる魔女は一人だけ、って気付くものなんだよ、アナトくん」
しかし、アナトは首を傾げるだけだ。瑠璃はそれを非難することなく、説明を再開する。
「氷の魔女、パールヴァ。オリジナルウィッチの一人で、魔女戦争を描いた絵本なんかでは、その気になればコーラルを永遠の冬に変えられる、と言われた、恐ろしい魔女よ」
具体的な名前を出しても、アナトは釈然としない顔のままである。それも仕方ない。彼にしてみると、オリジナルウィッチやラストナンバーズと言われても、畏敬の対象とは思えないのだから。
「でも、それが分かったところで……って感じよね。パールヴァの居場所なんて分かるわけがないし」
コーラルを滅亡寸前まで陥らせ、戦争が終わると同時に姿を消してオリジナルウィッチとラストナンバーズ。彼女らの居場所は、たった一人を除けば不明となっている。
当時から生きているアンドロイドたちを除けば、彼女らは御伽噺の登場人物のようなもの。いくらヒントを得たとしても、探し出すのは困難と言えるだろう。だが、アナトは納得していないらしい。
「一条が読んだ本には、戦争が終わってパールヴァがどこへ行ったのか、書かれてなかったのか?」
これには瑠璃も呆れたように溜め息を吐く。
「子供向けの絵本よ? 彼女たちの行き先なんて、中央にある研究書だって言及されてないわ。でも、絵本ではパールヴァの最後は何て書かれてたかな……」
アナトの発想を否定しながらも、瑠璃は幼いころの愛読書に書かれた一文を思い出す。
「うん、思い出した。確か……」
瑠璃は指を一本立てて、絵本の内容を暗唱する。
「かくして、摩妃は涼芽に別れを告げ、北へ向かった……だったと思う。それが以降は、パールヴァの登場はなかったはず」
「摩妃? 涼芽?」
聞き覚えのない言葉に眉を寄せるアナトに、瑠璃は「ごめんごめん」と言って補足する。
「オリジナルウィッチたちは、魔女としての名前でなく、本来の名前があるのよ。パールヴァは摩妃。で、涼芽がマーユリーのことね」
それを聞いたアナトは顎に触れながら考え込むように視線を落とした。
「なるほど、摩妃さんのことか。この辺に住んでいるみたいだし、間違いないだろうな」
「何よ、摩妃さんって。知り合いみたいな言い方して」
知ったような言い方のアナトを笑う瑠璃だったが、彼は信じられないことを打ち明ける。
「知っているぞ」
「へっ?」
「住所も、たぶん分かる。保証書に書いてあったからな」
瑠璃の絶叫が山奥に響くころ、伝説の気象現象と言われた雪が、短時間だけテントの上に降り注いだ。




