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一方、アパラでは

 一方、アナトと翡翠は、スフィアの案内でアパラ村に辿り着いていた。クシェトラはさまざまな色のテントが張られているが、アパラは白が多い。アキーバほどではないが、どこか無機質な印象があるものの、畑も多く、自然に溢れている点が大きな違いだろう。



「良い村だ」



 一人呟くアナトの前で、木の影に身を隠しているスフィアがこちらに振り返った。



「翡翠さま、あそこです!」


「どれどれー?」



 スフィアが指し示した方向には、石造りの立派な建造物がある。恐らくは、この村で一番の家ではないだろうか。翡翠がそれを捉えたところで、スフィアが説明を加える。



「あそこは、集会場なのですが、例の若者たちに占拠されてしまったのです」


「じゃあ、捕らえられた大人たちもあそこに?」


「はい、そうです。えーっと、若者たちは何人くらいだったかな」



 あやふやな記憶をたどるスフィアだが、慌てて出てきたため、ハッキリとした数字は覚えていないらしい。だが、翡翠は建物の外観を眺めながら言うのだった。



「暴徒の若者は二十人。大人たちは五十人ってところかなぁ」


「……た、確かにそれくらいです。どうして分かるのです??」



 驚きを隠せないスフィアに、翡翠は笑ってみせた。



「やだなー、スフィさん。私は魔女だよ? 魔法に決まってるって」


「そ、そういうものですか。凄いですな、魔法は」



 そんな会話を聞いて、アナトは思い出す。初めて翡翠と出会ったとき、彼女は森の中に隠れる自分の位置を正確に把握しているようだった。だから、今回も何かしらの方法で翡翠は建物内の状況を把握しているに違いなかった、と。



「それじゃあ、軽く殲滅してやるとしますか」



 散歩にでも出かけるように、翡翠は建物の方へ向かい、スフィアは目が飛び出しそうなほど驚いたようだったが、恐ろしくて追いかけることはできないらしく、木にしがみつきながら言った。



「ひ、翡翠さま! 向こうは武装して人質を取っているのですよ? まさか正面から突入するおつもりですか??」


「そうだよー。だって、武装って言っても鉄パイプにナイフ、良くて自作の槍ってものでしょ? 人質を取られたくらい、なんの脅威にもならないって」



 スフィアは何度か口をパクパクと開閉させたあと、頭を抱えながら「だから、瑠璃さまにきてほしかったのに!」と後悔の言葉を抑え込んでいた。しかし、そんな彼の背後にいたアナトが立ち上がると、翡翠を呼び止めるのだった。



「待つんだ、翡翠。もしかして、暴徒の若者たちを殺したりはしないよな?」



 その質問に、翡翠が足を止め、スフィアは期待の眼差しをアナトに向けた。しかし、当の翡翠はスフィアの期待を平然と打ち砕くように答える。



「殺す気はないけど、結果的にそうなることはあるかもね。でも、悪いやつらなんだから仕方ないよー」


「なるほど」



 いや、止めてくれよ、と再びアナトを見るスフィア。しかし、アナトは指先で顎に触れ、何やら考えるような素振りを見せた。ここで迷うなんて、この男も変ではないか、とスフィアは絶望しかけるが、アナトは何だか納得したように頷くと、再び翡翠を引き止めようとした。



「ダメだ。それはたぶん……間違ったことだと思う」


「えー、そうかなぁ? 悪い人たちをやっつけるのは、コーラルの魔女として当然の行動だと思うけど」


「たぶんだが、圧倒的な暴力で従わせるのはよくない。僕はそう思う」


「そ、そうですよ!」



 ここでスフィアも援護に入る。



「ニルヴァナの教えにもあるでしょう。過ちを犯したものから、立ち直る機会を奪ってはならない、と。彼らもアパラの未来を担う若者ですから、更正して、また村のために頑張ってもらわないと」



 翡翠はスフィアの言葉を聞きながら、アナトの真っ直ぐな瞳を受けて眉を寄せる。



「分かったよ。誰も殺さないように頑張るから」



 頑張るから、という言葉は、若者たちの命を保証するものではないように思える。やはり、不安になってしまうスフィアだったが、アナトが右手を挙げた。



「なら、僕が説得しよう。いや、まずは彼らの主張に聞いてみるべきだと思う」


「えー、アナトくんが??」



 翡翠は首を傾げたが、すぐに明るい表情で頷いた。



「うん、いいよ。気を付けてね!」


「ありがとう。じゃあ、彼らを刺激してはいけないから、二人はここで待っててくれ」


「オッケー。何かあったら呼んでね」



 そして、アナトが集会場の方へ歩いて行ってしまった。何やら勝算がありそうなアナトだが、もちろんスフィアの不安は消えない。彼は安心を得るために、隣でアナトの背に手を振る翡翠へ聞いた。



「あの、翡翠様。彼は交渉が上手なのでしょうか?」


「うーん、どうだろう。人の心に入り込むのは上手いタイプだと思うけど」



 なんて曖昧な返答だろうか。スフィアは重ねて聞く。



「もし、彼が暴徒に殺されるようなことがあれば……どうするのです?」


「えー?」



 翡翠はスフィアの方に振り向くと、笑顔で言うのだった。



「そうなったら、更生の余地なしとして、皆殺しだよー」



 スフィアはアパラの未来が閉ざされてしまった気がして、ただ顔を青くするのだった。

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