温かい格好で出かけましょう
「さむ……」
翌日も寒さで目が覚めた。昨日よりも、寒さに鋭さが増しているような気がするが、熟睡できたのは、深夜まで特訓によって疲れ果てていただけではない。
「あ、瑠璃。おはよー」
隣で眠っていた翡翠も目を覚ます。なぜ同じテントで寝ていたのかと言えば、寒い寒いと震える瑠璃のために、彼女は一晩中、微量の熱を放ち、暖房の代わりをしてくれたのである。
「おはよ。おかげでよく眠れたわ。さて、さっそく出かけないと」
瑠璃はありったけの衣類を着込んで外に出るが、完全に寒さを凌げているとは言えなかった。
「昨日より、気温が下がっているねー。どうなっているんだろう」
同じくテントから出た翡翠も同じような感想を抱いたようだ。
「アナトくん、凍えて死んでないかな?」
「こら、勝手に覗かない」
隣にあるアナトのテントを勝手に開けようとする翡翠の腕をつかむ。夜も寒さを凌ぐため、三人で一緒に寝ようと言って大変だったのだ。
「なんでよー。アナトくんが凍死してたら、瑠璃のせいなんだからね?」
「さ、さすがに……死にはしないでしょ」
とは言え、これだけの寒さは、今のコーラルで生きる人間にとって初めての経験だ。間違いがあってもおかしくない。
「様子……見ておこうか?」
「うわー、瑠璃ちゃんびびってるー」
さらに翡翠は小言のように続ける。
「だから、昨日も三人で寝ればよかったのに。妙に貞淑ぶってさ、男女は七歳になったら席を同じにしてはならない、とか古い教えを守っているのって、瑠璃だけなんじゃないの。なんか瑠璃って豪快ぶっているのに、細かいって言うか、臆病って言うか、なんだか師匠としては情けないですよ」
「あんたこそ……コーラルで一番強い魔女の一人のくせに、愚痴っぽいところあるわよね」
そんなやり取りを交わしながら、瑠璃を戦闘にアナトのテントに手をかけようとするが……。
「何しているんだ?」
後ろから声があり、瑠璃は心臓が跳ね上がりそうになった。
「アナトくん!」
いち早く振り返った翡翠が、いつの間にか現れたアナトに飛びついていた。
「おはよー。寒くなかった? 瑠璃のせいで寒かったでしょ??」
「確かに寒かったけど、ちゃんと眠れたよ」
本当に寒くなかったのだろうか。アナトの表情に寝不足の気配はなく、穏やかな微笑みを翡翠に向けている。
「でも、手が冷たいよ? 今すぐ温めてあげるねー!」
アナトの手を取り、翡翠は熱を放ち始めたらしい。手の温もりを感じて、アナトも驚いた顔をしている。
「翡翠。ベタベタするんじゃないの」
「ひゃー、本当に瑠璃ってお堅いよね。教えばかり守っている間に、楽しい青春の日々はあっという間に過ぎちゃうんだよ??」
「……アナトくん。それ、どうしたの?」
瑠璃は翡翠の煽りを無視して、アナトが抱えている衣類について言及する。対するアナトは、よくぞ気付いてくれたといった調子の笑顔を浮かべて、それを軽く持ち上げてみせた。
「実は友達に温かい服を用意するように言われていたんだ。だうんじゃけっと、という上着らしい。かなり温かい服らしいから、どんなに寒くても安心だから、二人も使ってくれ」
しかも、ちょうど三着あるようだ。
「うわぁ! 正直、助かるわー!」
瑠璃は素直に受け取りながら、アナトに友達がいたのか、という驚きを抱いたが、同時に嫌な予感も浮かび上がったため、念のため確認しておくことにした。
「でも……それを着てあんたはどうするつもり?」
「僕も朝からアキーバに向かうつもりだったから、できるだけ温かくしておこうと思って」
「……そう」
拍子抜けだ。絶対、一緒に行くと言い出すと思っていたのに。どんな言葉で引き離してやろうか、と少しだけ想像していた自分が恥ずかしいではないか。
「じゃあ、時間が惜しいわけですし、各々準備しましょう」
「そうだな」
アナトから受け取ったダウンジャケットを着ながら、この納得できていない気持ちはなんだろうか、と自問する。もちろん、答えは見つからなかったが、ダウンジャケットは確かに温かく、これならウッタラ付近の寒さも耐えられるはずだ、と感心していると、どこから自分を呼ぶ声があった。
「瑠璃さま! 瑠璃さまー! 大変ですー!!」
こちらに駆けてくるのは、クシェトラの隣にあるアパラ村に住む、スフィアという男である。何やら焦っているような表情だが、瑠璃は知っていた。
スフィアがやってくるということは、厄介な依頼が舞い込んでくる、ということを。




