邪教徒の二人
こうして、摩妃の予言から数日が経ち、瑠璃は異常な寒さの原因を調査するため、北の方向にある村、ウッタラへ向かっているわけだが……もちろん、彼女はアナトの体験は聞かされていない。
「さ、さむ……」
瑠璃はトラックを運転しながら、身を震わせる。北へ北へ進むほど、寒さが激しくなるようだ。彼女からしてみると羽織ったカーディガン以上の厚着はないのだが、この寒さを凌ぐには十分とは言えなかった。
「まさか、永遠にこの寒さが続くわけないわよね」
一度トラックを止めて、行き先に間違いがないか、地図を確認する。大丈夫、このまま進もう……と顔を上げると、フロントガラスの向こうに、先程まではなかったはずの人影が二つ。少し離れた林の前で、こちらの様子を窺うように立っている。
「はぁ……また、あいつか」
謎の人影は、黒いローブで全身を覆っているが、瑠璃にはその正体が予測できる。このまま通り過ぎることもできるが、背後を攻撃されては面白くないので、念のためトラックを降りてから対話を試みることにした。
「遠くから見ているだけで、声をかけってことないって、どういうつもり? それとも、しばらく会わない間に遠慮ってものを覚えたのかしら」
瑠璃が声を張り上げると、ローブの二人組は顔を見合わせてから、こちらの方へ歩み寄ってくる。
「よう、瑠璃。相変わらずコーラルの汚染を防ぐために、飛び回っているみたいだな」
黒いローブのうち、体格の良い方が口を開いた。その風体にしては親しみのある態度だが、瑠璃はどこか煩わしそうに溜息を付く。
「あんたこそ、正しくない祈りのために忙しく動き回っているみたいね。そろそろ、邪教徒なんてやめなさいよ、プレーマ」
プレーマと呼ばれたローブの男は、ゆったりとした動作で自らの表情を覆っていたフードを取る。その正体は、女性であれば自然と目を向けてしまうような、金髪碧眼の顔立ちがいい男だった。
「そういうわけにはいかない。俺には俺の願いがあって、マーユリー様に叶えてもらわなければならんからな。それまでは執行官として、否定された祈りを成就させ、功績を積まなければ」
「執行官なんて言うけど、要は教団の雑用係なんでしょ? 他人のために、裏で小細工するようなケチ臭い役割なんて、昔から偉そうだったあんたには似合わないと思うけど?」
「確かに、な。でも、己のプライドを捨ててまで叶えたい願いが俺にはあるんだ。分かるだろ?」
美しい笑顔を見せるプレーマだが、瑠璃の方は不快感を抱いたように頬を引きつらせる。すると、彼の隣に立っていた、もう一人のローブ姿の人物が自らの表情を露わにした。
「先輩、質問です」
短い銀髪に青い瞳を持つ少女だ。
「先輩の願いとは何ですか? よろしければ、このクリヤが叶えてみせます」
瑠璃は少し驚く。いつも一人で行動していたプレーマに相棒ができたのか、と。しかも、彼を先輩と呼ぶのであれば、彼女も邪教徒のようだ。
後輩の真っ直ぐな目を受けて、プレーマは何を言うのだろうか。嫌な予感を覚えつつ、二人のやり取りを見守っていると、プレーマは堂々と彼の願いを答えた。
「よく聞けクリヤ。俺の願いはたった一つ……魔法を使えるようにしてもらうことだ。俺は魔術師の家系でありながら、魔法が使えないからな」
「魔法を、ですか? しかし、先輩は魔法など使えなくてもお強いではありませんか。この時代に、魔法を使えるメリットがありますか?」
クリヤによる指摘は、当然と言えば当然である。しかし、プレーマは悔しそうに拳を握り締める。
「それは、だな……」
震える拳からは、強い想いが見て取れるようで、クリヤは重大な秘密でも期待するように、強い視線を向けた。だが、プレーマはその拳を天に突き上げながら、とんでこないことを言うのだった。
「魔法が使えなければ、一条瑠璃と結婚できないからだ!!」
「……今なんと?」
思いもしない理由だったのだろう。確認するクリヤだが、プレーマはさらに悔しそうに語るのだった。
「もともとスナイダー家と一条家は、許嫁の約束があったんだ。俺自身、ずっと前から幼馴染の瑠璃に惚れていたものだから、いつかその日がくると期待していた。しかし、俺が魔法を使えない体質だと分かった途端、一条のババアは瑠璃と結婚させないと抜かしやがった! うちの親父とお袋も簡単に諦めやがったが、俺は諦めちゃいない! マーユリー様に魔法を使えるようにしてもらったら、一条のババアに魔法をぶっ放してやってから、瑠璃をもらうつもりさ!」
彼の想いは厚い雲がかかったコーラルの空を貫くようだったが、質問者であるクリヤはしばらく固まった後、冷たい視線を瑠璃に向けた。
(……あー、睨んでる。あの子、そういうことね)
瑠璃はこれから起こるかもしれない面倒を予測しながら、隠し持っていた黒いグローブを掴み、いつでも戦闘態勢に入る覚悟を持った。が、クリヤはプレーマを見る。
「却下です」
「はぁ?」
後輩に願いを否定され、眉を寄せるプレーマだが、クリヤは淡々と言うのだった。
「先輩の願いは正しくない祈りです。コーラルに住むあらゆる人の幸せを願う、慈悲深いマーユリー様ですら、その願いは却下するでしょう」
「おい、クリヤ。教えただろう、教団では正しくない祈りなんて言葉は使わない。否定された祈りだ。分かるか? マーユリー様は正しくない祈りなんて存在しない、という主張なんだからな。だから、俺の祈りも正しくないわけがない」
「では、否定された祈りで結構です。いえ、否定されるべき祈りだとクリヤは思います」
「おい、人の祈りを勝手に否定するな。ニルヴァナの役目を奪ったら、天罰が下るぞ?」
「天罰上等です 。我々は邪教徒なんですから」
テンポのいい会話を眺めながら瑠璃は感心する。ここ最近、プレーマの姿を見なかったが、その間にいい出会いがあったようだ。
「よかったわね、プレーマ。良い相棒ができたじゃない!」
本心からそう言ってあげたのだが、プレーマは身震いするように両腕を撫でながら答えた。
「馬鹿を言うな。俺にとって人生の相棒はお前だけだ。こいつとは仕事だけの関係なんだから、勘違いするなよ」
そんな発言に、クリヤは腑に落ちない、といった表情を見せるが、プレーマは彼女に見向きもしないのだった。




