プロローグ④ 自然を大事に
客の女から遺跡の場所を聞くと、ヤクシジも心当たりがあるらしかった。
「あそこは、既に漁りつくされた遺跡だったな。確かに配線コードくらいなら残っているかもしれない。だが……」
ヤクシジはアナトを見る。
「客に素材を集めさせるわけにはいかない。アナト、お前が行ってこい」
「分かった。正確な位置を教えてくれ」
しかし、ヤクシジには正確な位置を説明できなかった。なぜなら、アンドロイドたちは道案内は地図データを共有すれば済むもの、と思っているからだ。さらに言うと、アナトも地図を見ながら移動するという経験に乏しく、理解が難しかったのである。
「道案内してもらえないでしょうか?」
「わ、私ですか??」
結果、アナトは客の女に道案内してもらおうと考えた。ヤクシジは客に案内させるべきではない、と思ったようだが、彼女自身やるべき作業が山ほどある。どちらが効率がいいのか決断しなければならなかった。
「すまないが、お願いできるだろうか?」
戸惑う客の女だったが、ヤクシジの真っ直ぐな視線を受けて、断れないと思ったらしい。
「わ、わ、わ……わかりました」
女は諦めるように肩を落とすが、アナトもヤクシジも客を気づかうような心を持ち合わせておらず、結局は二人で店を出るのだった。
遺跡に行くため、まずはアキーバを出た。人工的な風景が少しずつ自然に溢れ、道も荒れていく。歩きにくいだろう、とアナトは女の足取りを気にするが、道の荒れ具合よりも何かに恐れているように見えた。どうも、アナトと歩くことに抵抗があるらしい。これが人見知りか、とアナトも少しずつ理解した。
「こ、この先……です」
女が指し示す方向には、木々に覆われた白い建造物が見られたが、行く先を遮るような小川が流れていた。川の真ん中には大きめの平たい岩があるため、そこに飛び乗って、もう一度ジャンプすれば、向こう側にたどり着けるだろう。しかし、この女は川の上を飛べるだろうか。
「えっと……貴方の名前を聞いてもいいでしょうか?」
アナトの質問に女は肩を震わせてから、怯えたように答える。
「ま、摩妃です」
「摩妃さんは、あの岩まで飛べますか?」
そう質問すると、女……摩妃が怯えるような表情に、不自然な笑みを浮かべた。まるで、空腹のところに大好物が現れたような笑みだが、どうやらアナトの後ろに何かを見たらしい。
振り返ってみると、川の流れに沿うように、一羽の鳥が横切っていた。なかなか大きい水鳥である。
「綺麗……!」
摩妃の不自然な笑みが、少し柔らかくなった。どうやら水鳥のことを言っているようだ。アナトも見たままの感想を口にする。
「そうですね。人やアンドロイドが作るものとは違う美しさがある」
「し、自然は本当に美しいです。それなのに、魔女戦争以前の人類は、自然破壊を続けるばかりで。い、今だって、自然は回復しようと頑張っているのに、コーラルの汚染を躊躇わない人間ばかり……」
先程まで無駄に口を開かこうとしなかった摩妃が、やや饒舌になった。彼女はこんなことまで言う。
「わ、私には……自然を大事にしない人の考えが、分かりません。どうすればコーラルの自然を守ってあげられるのか……!!」
「自然破壊は、間違ったことだ。できることなら、やめさせたいですね」
友人たちが、大地の汚染を防ぐために活動しているため、アナトの同意は当然のものだった。しかし、摩妃は奇跡を前にしたように、目を丸くする。
その表情にアナトが首を傾げると、さきほどの水鳥が彼の傍らに舞い降りた。アナトは困惑しつつも、水鳥の背を撫でると、心地よさそうに頭を寄せてくるではないか。その様子を見た摩妃は、さらに驚いたようだった。
「ど、動物に好かれるのですね」
「自分でも驚いています。これまで動物と触れ合う機会なんてなかったから……」
すると、摩妃の両肩に小鳥が一羽ずつ止まる。
「じ、実は……私も動物から好かれる質で」
摩妃のぎこちない笑顔に、アナトも柔らかい表情を見せた。そこから、二人の距離感は何となく縮まり、順調に遺跡へ辿り着いて、コードの回収も滞りなく終える。
店に戻ると、ヤクシジがすぐにエネルギー供給装置を作り出し、依頼を完了させてしまうのだった。
「あ、ありがとうございました。これで、願いを叶えてあげられます」
店を出た摩妃だったが、気になるワードを呟き、アナトは耳を疑う。
「願いを……叶える、ですか?」
それはノモスの役目ではないか。発言の意図を聞いてみたかったが、それよりも早く、摩妃がアナトに助言した。
「あ、アナトさん、これから寒くなります」
「……そうなんですか?」
温暖なコーラルで生きてきたため、寒さをイメージできず、ただ摩妃の話を耳に入れるだけなのだが、それでも彼女はアナトを気にかけてくるようだった。
「は、はい。だから、温かい服を準備して、ください」
「分かりました。ヤクシジの手伝いが終わったら、服を買って帰ります」
「貴方は……自然を大切にしてくれる人だから、どうか無事でいてほしい、です。どうか、これからも、自然を……大切に」
意味不明な呟きを続ける摩妃だが、彼女の「寒くなる」「自然を大切に」といったワードを耳にして、アナトはふと以前の上司に教わった知識を思い出した。
「そう言えば、さっきの話ですけど、コーラルが寒冷化したら、作物が育たなくなるから、人間もアンドロイドも絶滅して、そのあとで自然はゆっくりと回復するだろう、って……上司が言っていました」
「……な、なるほど。そう、ですね。人がいなくなれば……」
かつてはコーラル全土を破壊するような兵器が存在し、すべての人間とアンドロイドを消滅させる手段があったらしいが、それも魔女戦争を経て失われている。その知識に関しても共有しようと思ったが、ヤクシジが店から顔を出した。
「よかった。まだいたか」
どうやら、摩妃に伝え忘れたことがあったらしい。
「保証書だ。一年は有効だから、よかったら名前と連絡先を記入してもらえないか?」
「は、はぁ。分かりました」
摩妃はさらさらと名前と連絡先を記入すると、保証書の控えをアナトに渡した。どうやら、連絡先には住所も入っているようだ。
「あ、アナトさん。よかったら……また、自然の尊さについて、お話ししましょう」
最初は苦手意識を持たれていたが、なぜか摩妃に親近感を持ってもらえたらしい。
「い、いい、いいい、嫌じゃなければ……と、とと、とも、友達に、なってください」
「はい。また会いましょう」
なぜ、ここまで好かれたのかは分からない。ただ、接客業に従事する者として、自分も成長したと言えるかもしれない。
そう思いながらも、これまで出会ったことのないタイプに、コーラルには色々な人がいるのだ、と感心しながら、アナトはヤクシジの手伝いに戻るのだった。




