第二次テラ防衛戦
1. 通信途絶
総統府との回線が断たれてから、まだ数時間しか経っていなかった。だが、テラ星系"内部"の通信までは、失われていない。クラウゼは、その事実を、最大限に活かすことにした。
「前回と、同じ考え方で行く」
クラウゼは、集めた指揮官たちに、そう告げた。
「小型艦の再来襲に備え想定されるタッチダウンポイントに、予備の巡洋艦をあらかじめ配置しておけ。奇襲を許すな」
テラ防衛戦で成果を上げた、あの待ち伏せの布陣を、そのまま踏襲する形だった。
「主力は、私が直接率いる。ソン司令官の艦隊へ、できる限り早く合流する」
「援護、ですか」
「援護であり、牽制でもある」
クラウゼの声には、静かな重みがあった。
「万一、ソンの艦隊が、敵に転じるような事態があれば――その時は、この主力が、そのまま制圧に回る。備えておくべき事態だ」
クラウゼは、通信を、ソン本人にも繋がせた。
「ソン司令官。貴官の持ち場には、私が、主力を率いて、できるだけ早く合流する。それまで、持ちこたえてくれ」
「承知いたしました」
ソンの返答は、簡潔だった。だが、その一言には、これまでにない、確かな緊張が滲んでいた。
指揮官たちは、その意図を、黙って受け止めた。信頼と、警戒。その両方を、同時に抱えたまま、限られた時間の中で、艦隊の再編が、急ぎ進められていった。
2. 戦端の兆し
準備が整うか整わないかのうちに、正規のタッチダウンポイントに、艦影が現れた。
「ベッリーニ艦隊、確認しました。数、二十隻前後」
報告を受け、ソンの艦隊が、迎撃態勢を敷く。
だが、そこに並ぶ艦影は、かつて、ソン自身が、その一員だった軍旗を、今も掲げていた。
「クラウゼ司令。ベッリーニ艦隊、タッチダウン完了しました。まもなく、対峙します」
「主力は、まだ合流できない。ソン司令官には、しばらく、単独での対応をお願いすることになる」
クラウゼの声には、悔しさが滲んでいた。
3. 降伏勧告
正規のタッチダウンポイントに、ベッリーニ艦隊が到着した、その直後だった。
「ソン殿。降伏を、勧告する。無用な流血は、避けたい」
通信越しに届いたのは、かつての上官の声だった。ソンは、一瞬、言葉に詰まった。傍らには、同乗する監視役の将校の姿がある。その視線が、今、自分に向けられているかどうか、ソンは、あえて確かめなかった。確かめれば、余計な疑いを、自ら招くだけだった。
「その勧告には、応じられません」
間を置かず、ソンは、砲撃の号令を下した。
「全艦、砲撃開始」
その頃、すでに、クラウゼの主力部隊は、開戦の報を受け、最大戦速で、ソンの艦隊のもとへと急行を始めていた。
「一刻も早く、合流する。急げ」
クラウゼの指示に、艦隊は、余力を惜しまず、加速を続けた。
だが、その合流までの間、ソンの艦隊は、単独で、数的優位に立つベッリーニ艦隊と、渡り合わねばならなかった。
「合流まで、持ちこたえろ」
ソンは、艦内に、そう指示を飛ばした。
4. 忖度
砲火が交わされる中、副官が、意外そうな声を上げた。
「司令官。損害、想定より軽微です」
「……そうか」
ソンは、その報告に、短く応じるだけに留めた。だが、内心では、その理由に、薄々、心当たりがあった。
(向こうも、本気で、来ていない)
数の上で優位に立ちながら、ベッリーニ艦隊の攻撃は、どこか精彩を欠いていた。決定打を狙うというより、牽制に終始しているようなそんな撃ち方だった。
その命令を受けた砲雷長は、照準を合わせながら、内心で、静かに逡巡していた。
(司令官の、あの声の硬さ……。無理もねえ。相手は、つい先日まで、俺たちの上官だった連中だ)
砲雷長自身、かつてベッリーニ艦隊の乗員たちと、同じ釜の飯を食った仲だった。命令には従う。だが、従い方までは指図されていない。
(だったら、ここは)
表示された照準を、ほんの僅かに逸らす。記録の上では、正確に「敵艦」を捉えている。だが、実際の着弾点は、推進部や非致命的な区画へと、静かに滑らされていった。機関中枢や居住区といった、決定的な急所だけは、誰の目にも留まらないよう慎重に避けられていく。
それは、命令されたことでも、口にされたことでもなかった。ただ、砲雷長自身の、その場限りの判断だった。奇しくも、その判断は、ベッリーニ艦隊側の、あの精彩を欠いた攻撃と、同じ心理から生まれたものだった。
監視役の将校は、その様子を注意深く見つめていた。命令通り、砲撃は行われている。艦は、確かに、損傷を与え合っている。表向き、何一つ不審な点はなかった。だが、その戦果の伸びが、想定よりいくらか鈍いことにも、将校はうっすらと気づいていた。それを、この場で指摘すべきかどうか、将校自身もまだ判断がつかずにいた。
5. 合流
やがて、クラウゼの主力部隊がソンの艦隊の後方へと到達した。
「合流完了。援護に入る」
クラウゼの声が、通信越しにソンへと届いた。数の上での均衡が、ここで大きく傾き始める。
主力部隊の加勢を得て、数の上で優位に立ったソン側は、着実にベッリーニ艦隊を押し込んでいった。
「戦艦一隻、撃沈を確認」
「巡洋艦、さらに二隻、撃沈しました」
報告が、次々と上がってくる。一方、こちらの被害も決して軽くはなかった。
「当方、巡洋艦一隻、大破。二隻、中破。戦艦一隻も、中破の被害を受けています」
それでも、戦況は、明らかにこちらへと傾いていた。目に見える損害を負ったベッリーニ艦隊の動きに、次第に、後退の気配が滲み始める。
6. 深追いをしない理由
「このまま、追撃しますか」
戦況の変化を見て取った副官が、そう尋ねた。クラウゼは、静かに首を振った。
「深追いはさせるな」
「なぜでしょうか。今ならさらなる戦果を挙げられるかと」
「ソンに、同胞をとことんまで追い詰める役目を負わせすぎるのは、危うい」
クラウゼは、はっきりとその理由を口にした。
「一度は、迷いを振り切って砲門を開いた。だが、それは、あくまで、対等な打ち合いだったからだ。もし、逃げ場のない同胞を、この手で完全に追い詰める立場に立たされれば――その時、また、あの躊躇いが、別の形で顔を出すかもしれない。土壇場で情に流され、こちらに牙を剥かないとも限らない」
一定の損害を与えたところで、ベッリーニ艦隊は撤退を選んだ。ソンは、それを、深追いすることなく、静かに見送った。




