続いていくもの
広い石畳の両側に垢抜けた意匠の家々が整然と並び、軒先に咲く季節の花が街に温かみを添えている。
アリーネは弟の学園卒業を機にサロンへの住み込みをやめ、この区画に居を移した。
そう広くはないが一人で住むにはじゅうぶんすぎるほどの家は、自身と通いの家政婦で隅々まで目をかけることができる。豪華さとは無縁の、けれど自分の意思で選び取った場所だ。
呼び鈴が鳴ったのは、午前の光が眩しさを増していくころだった。
「姉上」
通された来客に、アリーネは目を見開いた。
「セドリック。領地にいるのではなかったの」
背筋を伸ばした青年は、かつて寮費を気にして遠慮がちに笑っていた少年の面影をわずかに残しつつ、すでに堂々たる当主補佐の顔をしていた。
「ご無沙汰しております。少し、ご報告があって」
応接室に腰を落ち着け、室内を見渡した弟は穏やかに言った。
「姉上らしい家ですね。静かでとても居心地がいい」
飾らない物言いが相変わらず彼らしいと思い、褒められたアリーネは照れをごまかすように微笑んだ。
領地の父母の様子を伝えて姉を安心させたセドリックは、紅茶を口に運んだあと姿勢を正した。
「妻を娶ります」
その言葉に、アリーネの胸には安堵が、そして遅れて喜びがこみ上げた。ようやく、家は次の世代へと歩みを進めるのだ。
「そう。おめでとう。良いご縁があったのね」
「ありがとうございます。……姉上に、最初にお伝えしたかった」
彼は少しだけ視線を落として続ける。
「卒業の日、壇上から姉上の姿が見えたとき……ようやく、胸を張れると思ったんです。私をここまで繋いでくれたのは、姉上だったから」
学園のホールでの光景がふと蘇る。壇上に立つ弟の声は澄んでいて、場内に会する全ての学生や父兄たちから注がれる視線にも、一切臆することはなかった。
「あなたは、じゅうぶんすぎるほど立派になったわ」
アリーネの言葉に、セドリックはむず痒くも嬉しそうな表情をしたが、すぐに引き締め話題を変えた。
「それと……鉱山の件ですが、再調査が入ることになりそうです。正式な通知はこれからですが、移管当時の書類に不備があったとか」
「そう」
アリーネは言葉少なに返事をした。
当時なにが起こったのか、アリーネには分からない。まるで嵐のように望まない出来事が次々と降りかかり、父が手を尽くしてもどうにもならなかった。
それを、弟は領主補佐のかたわらで追い続けていたのだろうか。
アリーネは、家族それぞれが精一杯に生きてきた十一年を思い、長く息を吐いた。
「知らせてくれてありがとう。……けれどセドリック、あまり無理はしないで。過去のことより、あなたの選んだ新しい家族を大切にしてほしいの」
「承知しています」
しっかりと頷くセドリックを、頼もしい思いで眺めた。
やがて立ち上がった弟を、玄関まで見送る。
「……姉上は、無理をなさっていませんか」
不意に問われてアリーネは足を止めた。
視線の先には、先日買った花瓶に手ずから生けた花と清潔な布のかかった机がある。
「私は、私の望んだところにいるわ」
それは飾らない本心だった。
通りへと歩み出すセドリックの背を見送り、扉を閉める。家の中に再び穏やかな静寂が戻った。
グラニエール家は続いていく。弟は未来を選んだ。
そして自分は、ここで立っている。
その事実が、アリーネの胸を静かに満たした。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
完結まであと4話、お付き合いいただけますと幸いです。




