二度目の依頼
サロン・ブルームの応接室に陽光が降り注ぐ。
室内に漂う静かな気品は、そこに集まる女性たちの姿を今は儚げに見せていた。
アリーネは窓辺に立ち、手帳を閉じた。
今日は同伴予定はない。『ブルームの茶会』、すなわち調整と内部での打ち合わせの日だ。
来客が告げられたのは、茶会の参加者がほとんど帰ったあとのことだった。
「昼のお客様など珍しいこと。どなたかしら?」
マダムの誰何に、使用人が客の名を告げる。
「ハイモンド伯爵です」
アリーネの手帳を持つ手が一瞬震えた。
マダムはアリーネの指先にちらりと目を走らせてから確認するように顔を見た。
「いいかしら?」
返答に詰まったアリーネに、マダムは目を細める。『仕事よ』そう言われた気がした。
「……構いません」
返す声がわずかにかすれた。
アリーネ自身、揺れている自覚はあった。
それは、男爵と同伴したあの夜会の日からだと思っていた。けれどそれより以前、イアンの依頼を受けた日から、それは始まっていたのかもしれない。
十一年の月日に思いを馳せる。
最初のうちは、姿を見かけるだけで貼りつけたはずの笑みが崩れた。
どうにか笑顔を保てるようになったころ、新たな婚約が整ったとの噂に耳をふさぎたくなった。
年若い婚約者を連れた姿を見る機会は少なかったが、同じ夜会に居合わせたときは意地でも目を逸らさなかった。
幾度も揺れ、そのたびに弱さを心の奥深くに沈めた。
決して浮いてこないよう重りを増やし、底に留まるように願った。
夜会で姿を探してしまうのは、それがまだ沈んだままでいるか、確かめたかったのかもしれない。
──今さらどうかしているわ。
頭を振って背筋を伸ばす。
マダムに言われるまでもなく、これは仕事だ。夜会へ向かう面持ちでイアンの来訪を待った。
「ようこそおいでくださいました、伯爵様」
「突然の訪問をお許しいただき感謝します、マダム」
夜会姿ではない、昼用の落ち着いた装いのイアンが現れる。
姿勢も表情も外向きの、社交の場と変わらない佇まいだった。
「ご用件はこの者とともに承るということでよろしいでしょうか?」
イアンは頷き、口を開く。
「次回の夜会への同伴をお願いしたく、本日伺いました」
丁重な口調で、仕事の依頼を述べる。
「担当は前回と同じく、アリーネ・グラニエールでよろしいのですね?」
淀みなく手続きが行われ、アリーネの予定が決まる。
書状ではなく面談で行われる依頼は淡々として上滑りで、アリーネは空気を求めてゆっくりと呼吸をした。
「確かに承りました。それでは、また夜会の当日にお待ちしておりますわ」
マダムとともに立ち上がり、イアンに暇を促す。
彼は浮かしかけた腰を戻し、何気ない口調で言った。
「せっかくですから、細かい部分の打ち合わせも済ませてしまいましょう」
マダムは去り、室内には二人だけが残った。
相変わらずアリーネは呼吸を落ち着かせたまま、仕事の確認を進める。
決まりきったやり取りはすぐに終わり、立ち上がろうとしたアリーネの背に、迷いを含んだ声が落ちた。
「先日の夜会では、失礼しました」
先ほどまでの打ち合わせよりも小さく、ためらいがちな声だった。
「どの件についてでしょうか」
アリーネの事務的な問いに、イアンはすぐには答えなかった。視線がわずかに揺れ、言葉を選んでいるのが分かる。やがて彼は、諦めたように息を吐いた。
「……ヴァルノー男爵のことです」
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明日も2話更新します。
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