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新しい季節

 陽射しは日に日に淡さを消し、しっかりとした光を北部のグラニエールの地にも届け始めた。

 領地の屋敷は凛とした佇まいをすでに取り戻し、その外観からは没落の影がすっかりと消えていた。

 丁寧に切り揃えられた生垣も、石壁のひび割れを埋める新しい漆喰も、この日のために為された手入れかもしれない。そこには、家を守り盛り立てようとする家人の意気が確かに宿っていた。



 ──セドリックは、本当によくやっているわ。

 窓の外を眺めながら胸の内で、今日の主役である弟を労った。

 もちろん父と母の苦労も、アリーネが推し測る以上に凄まじいものだっただろう。それでもやはり、と思う。

 セドリックが継ぐ家を存続させることが、両親の悲願であり心の支えになっていたのは間違いない。弟の存在がグラニエール家を守ったのだ。


 今日はセドリックの結婚式だ。


 花嫁とは学園時代に王都で知り合って、以来九年にもわたり彼女は弟を想っていたそうだ。

 家のことがあり自身の結婚にまで考えを向けられなかったセドリックが、押し切られる形でついに彼女に応えたという。



「父上、母上、それに姉上もお待たせしました」


 支度を終え正装をまとったセドリックは、また一段と次期領主としての貫禄を身につけたように見えた。

 同じ部屋で待っていた両親は嫡男の晴れ姿にすでに涙ぐみ、話もそこそこに母の化粧直しのために退室していった。


 姉弟二人きりになり、何かを言いたいような、けれど照れくさいような、不思議な時間が流れる。

 やがてセドリックはアリーネに向かい、深く頭を下げた。


「私の今は、すべて姉上あってのこと。これからのグラニエールは、私にお任せください」


「セドリック……」


 強い眼差しで断言した弟は、一転してもごもごと口ごもるように続けた。


「だから……その、姉上も、いい加減ご自身の幸せを考えても、いいと思うのです」


「あら、私はじゅうぶん幸せよ?」


「その、イアンさんとはどうなっておられるのですか? 社交の際にはいつもご一緒だと聞いたのですが……」


 誰から聞いたのかと問いただしかけ、そういえばセドリックはイアンと諸手続きに関してやり取りをしていたことを思い出す。それならきっと情報源は──

 

「どうなのかしら」


 アリーネは、ふふと笑みをこぼした。


「もし請われれば、お断りする理由はないといったところね」


 セドリックは大きく息を吐いて、せっかく整えた頭を抱えてしまった。


「それ、イアンさんも同じこと言いそう……」




 結婚式は、穏やかな祝福の中で執り行われた。

 ステンドグラスを透かした光が、色とりどりの模様を床に描き出す。祭壇の前で誓いを交わす新郎新婦の姿はどこまでも神聖で、アリーネはあふれた涙を止めようとはしなかった。

 背筋を伸ばして幸せな二人を目に焼き付ける。指輪の交換に、誓いの口づけ。かつてアリーネもこんな瞬間を夢見た日があった。

 それでも、その瞬間を失って過ごした日々が不幸せだったとは思わない。こうしてまた新しい家族が生まれ、人々が集う場所が残った。それだけで、十分に報われた気がした。



 式が終わり教会の外へと歩き出す参列者の波の中、セドリックが楽しげに囁いた。


「次にあちらに書簡を送るときには書いておきますね。『姉上は請われれば断らないそうです』って」


「……余計なことはしないでちょうだい」


 アリーネが眉を寄せて睨むと、セドリックは声を立てて笑った。

 見上げた春の空はどこまでも青く、庭に広がる祝宴のざわめきが、新しい季節の訪れを告げていた。

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