↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
第四章:揺らぐ王国と目覚める意志

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/63

第59話 王都への余波――揺らぐ権威

第59話 王都への余波――揺らぐ権威


 王都ローレンツの朝は、いつもより騒がしかった。

 鐘楼の鐘が鳴る前から、人々は通りに集まり、低い声で言葉を交わしている。


「……戻ってきたらしいぞ」

「王都軍が?」

「ああ。しかも、負けてだ」


 市場の空気が、ひやりと冷える。

 戦の勝敗は公式には発表されていない。

 だが“退却した”という事実だけが、尾ひれをつけて広がっていた。


 昼前、北門が開く。

 そこから現れたのは、誇らしげな凱旋ではなかった。


 泥に汚れた鎧。

 欠けた槍。

 俯いたまま歩く兵たち。


 歓声は起きず、代わりにざわめきが街を満たした。


「……本当に、戻ってきた」

「勝った顔じゃないな……」

「相手は辺境だろ? どうして……」


 兵たちは答えない。

 答えられないのだ。


 城へ向かう石畳の道で、ある老兵が小さく呟いた。


「……あの軍師だ」

「軍師?」

「グレンヴィルの……追放された令嬢だ」


 その言葉は、周囲の耳に吸い込まれ、瞬く間に伝播した。



 王城の会議室では、重苦しい沈黙が支配していた。

 貴族たちは視線を合わせず、卓上の書類をいじる。


「……退却は、戦術的判断だ」

「被害を抑えただけだ」

「そもそも魔術師団の連携が――」


 言い訳は次々に出るが、誰も責任を引き受けない。


 フレデリック王太子は、上座でそれを聞いていた。

 顔色は冴えず、指先がわずかに震えている。


「……静かに」


 声は弱く、場を制する力を持たなかった。


「退却の理由を、民にどう説明する?」


 答えはなかった。

 説明できる言葉が、存在しない。


 そのとき、側近が書簡を差し出す。


「殿下。辺境より……グレンヴィル領主ゼノ殿からです」


 場が凍りつく。


 フレデリックは、ゆっくりと封を切った。

 中の文は簡潔だった。


 ――不要な流血を避けるため、退路を確保した。

 ――王都軍の撤退を妨害しなかった。

 ――これ以上の介入があれば、正式に抗議する。


 署名は、ゼノ・フォン・グレンヴィル。

 追記は、端正な筆致で添えられていた。


 ――本件の軍略は、我が軍師エレノア・フォン・アウグストが立案した。


 誰かが息を呑む。


「……軍師?」

「正式に、名を出したのか……」

「追放令嬢を……」


 フレデリックは、書簡を握り締めた。


(エレノア……)


 あの沈黙。

 あの無言の別れ。

 そして今、国を揺らす名。


「……彼女は、王都を敵に回すつもりだ」


 そう呟いた声には、怒りよりも恐れが滲んでいた。



 その頃、王都の学舎、酒場、貴族の邸宅。

 あらゆる場所で、同じ名が囁かれていた。


「辺境で、女軍師が王都軍を退けたらしい」

「令嬢だって? 嘘だろ」

「いや……あのアウグスト家の……」


 かつて“悪役”と呼ばれた名が、

今や“敗北の理由”として語られる。


 それは同時に、王都の権威が揺らいだ証だった。



 夕刻。

 グレンヴィル城の高台で、エレノアは沈む陽を見ていた。


「噂は……王都に届いたようですわね」


 ゼノが隣に立つ。


「ああ。お前の名は、もう隠せない」


「構いません。

 沈黙で守れる時期は、終わりました」


 エレノアは振り返り、まっすぐにゼノを見た。


「これからは、正面から向き合います。

 王都の権威と、虚構と……そして、過去と」


 ゼノは短く笑った。


「なら、俺はお前の盾だ」


「ええ。

 そして、わたくしはあなたの剣になります」


 二人の視線が重なり、言葉はいらなかった。


 遠くで、風が城壁を撫でる。

 その音は、王都へと続く道を示すようでもあった。


 戦は終わった。

 だが、物語は――王都そのものへと向かい始めている。



次話

第60話「王命の行方――選ばれぬ決断」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。