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『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
第四章:揺らぐ王国と目覚める意志

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第58話 王都軍崩壊――退却の決断

第58話 王都軍崩壊――退却の決断


 夕闇が山を包み込み、王都軍の陣営には火がほとんど灯らなかった。

 燃やす薪も、守る理由も、すでに尽きかけていた。


 凍えた兵たちは身を寄せ合い、誰もが同じ方向を見ない。

 前を向けば谷。

 後ろを向けば、雪に閉ざされた道。

 どこにも“帰路”は見えなかった。


「……動けない」


 誰かが、ぽつりと呟いた。

 その声は命令でも訴えでもなく、ただの事実だった。


 将校たちは集められ、低い声で言葉を交わす。

 だがその輪には、かつての威圧も自信もない。


「補給は……完全に途絶えた」

「魔術師団は?」

「昨夜から連絡がない。半数が山を下ったという噂もある」


 沈黙が落ちた。

 沈黙は、いつしか恐怖よりも重くなる。


 指揮官の一人が、震える手で兜を外した。


「……撤退を、進言する」


 その言葉は、刃のように空気を切り裂いた。


「何を言っている! 王都の命令は――」

「命令は、生きて帰る者がいてこそだ」


 反論は続かなかった。

 誰もが理解していたからだ。

 ここで踏みとどまる理由は、もうない。


 夜半、伝令が馬を飛ばした。

 王都へ向けて――撤退の意向を伝えるために。



 同じ頃、グレンヴィル連合の前線。


 エレノアは静かな高台に立ち、遠くの闇を見つめていた。

 風が外套を揺らす。

 その表情に、勝利の昂揚はない。


「……退きますわね」


 隣に立つゼノが、短く頷いた。


「ああ。もう前に出る力は残っていない」


「兵を追い詰めすぎないよう、伝令を出してくださいませ。

 撤退路は、開けておきます」


 ゼノは彼女を見た。


「慈悲か?」


「いいえ。計算ですわ」


 エレノアは淡く微笑む。


「追い詰められた軍は、最後に必ず牙を剥きます。

 それは、こちらの犠牲を増やすだけ」


「……なるほど」


「それに」


 彼女は少し言葉を選び、続けた。


「兵の多くは、罪を知らずにここへ来ただけ。

 彼らを全て敵に回す必要はありませんわ」


 ゼノはしばし黙り、そして静かに言った。


「お前は、戦場でも“国”を見ている」


「わたくしは……人を見ています」


 その答えに、ゼノの胸が静かに熱くなった。



 夜明け前。

 王都軍の陣営で、角笛が低く鳴った。


 それは進軍の合図ではない。

 退却の合図だった。


 兵たちは黙って荷をまとめ、列を作る。

 誰も声を上げず、誰も振り返らない。

 この地に“勝てなかった”という事実だけが、重く背にのしかかる。


 谷を下る道の脇、暗がりの中で、グレンヴィルの斥候たちがそれを見守っていた。

 追撃はない。

 矢も放たれない。


 ただ、静かな退路だけが用意されている。


 その異様な光景に、ある兵が呟いた。


「……殺されないのか」


「……ああ。

 あの軍師は……俺たちを、逃がしている」


 その言葉は、恐怖ではなく、困惑を帯びていた。



 夜が明け、雪原に淡い光が差し込む。


 エレノアはその光の中で、深く息を吐いた。


「これで、第一の戦は終わりましたわ」


「勝ったな」


「いいえ。終わっただけです」


 彼女は静かに首を振る。


「本当の戦いは……王都そのものと向き合うこと。

 今日の退却は、その始まりにすぎません」


 ゼノは彼女の肩に手を置いた。


「それでも――お前は、この地を守り切った」


「あなたと、皆のおかげです」


 二人は並んで、撤退していく王都軍の影を見送った。


 山は静まり返り、

 ただ風だけが、戦の終わりを告げるように吹いていた。


 だがこの沈黙は、終焉ではない。

 王都が次に選ぶ道を、すでにエレノアは見据えていた。



次話

第59話「王都への余波――揺らぐ権威」

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