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『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
第四章:揺らぐ王国と目覚める意志

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第55話 夜明けの残響――崩れゆく王都軍

第55話 夜明けの残響――崩れゆく王都軍


 夜明け前の空は、まだ群青色を保っていた。

 だが、アシュレイ谷のはるか北――王都軍の第二補給拠点では、

夜の静寂が、思いがけない形で破られようとしていた。


 兵の交代が行われる時間帯。

 眠気と緊張の入り混じった空気の中で、

見張りの兵士がふと耳を澄ます。


「……今、何か音がしなかったか?」


「気のせいだろう。雪が崩れる音なんて珍しくもない」


 そう言いながらも、彼は胸騒ぎを覚えていた。

 風の向きが変わり、地面が微かに震えている。

 夜明けを前にして、谷を渡る風は冷たさを増すはずだが、

今日のそれは――妙に“重い”。


 次の瞬間。


どぉぉん……!!


 山肌が爆ぜるような音が響き、

雪崖が巨大な白い波となって補給拠点めがけて崩れ落ちた。


「な、なんだ――!? 雪崩だ!!」


「避難しろ!! 補給品を守れ!!」


 叫び声が交錯し、兵士たちが四方へ散る。

 だが、大地が揺れるほどの雪崩の前には、

どれほどの努力も意味をなさなかった。


 樽、荷車、食料、薬、矢束、鎧、火薬――

すべてが雪と氷に飲み込まれる。


「補給が……! これでは……!」


 兵士たちの叫びは、やがて絶望へと変わっていった。



 同じ頃、グレンヴィル連合の前線観測所。


 エレノアは薄明の空を眺め、

耳に届いた震動を確かめるように目を閉じた。


「……今の音、聞こえましたわね」


 ゼノは背後で頷いた。


「ああ。落ちたな。

あれで“第二補給拠点”はほぼ壊滅だろう」


「王都軍は補給が途絶えれば、三千規模でも五日と持ちません。

特に冬の山地では、兵はすぐに凍え、飢えますわ」


 エレノアの言葉は冷静だった。

 だがその瞳の奥には、静かな激情が揺らめいていた。


「……王都は、わたくしを捨てた時から誤りを積み続けてきました。

 その代償が、いま自分たちの軍を呑み込んだだけのことです」


 ゼノは横顔を見つめる。

 夜明けの光がわずかに彼女の頬を照らし、

その姿は、凍てつく戦場に立つ“氷の女神”のようだった。


「エレノア、お前は強くなったな」


「ゼノ様が隣にいてくださるからですわ」


 あまりにも自然に放たれた言葉に、

ゼノは少しだけ息を呑んだ。

そして、わざと視線を前へ向ける。


「……あまり軽々しく言うな。

そんなことを言われては、俺はどうすればいい?」


「え? 何か困りました?」


「困る。お前が……可愛いから」


 エレノアは呼吸を止めた。


「……い、今は戦の前ですわ。

そういうことを言うのは――よくありませんわ」


「戦の前だからこそ言っている。

俺は、お前を守る理由がほしいんだ」


「……っ、ずるい方ですわね……」


 エレノアは耳まで赤くなり、

ゼノはそれを見てわずかに目元を緩めた。


 だが次の瞬間、エレノアは表情を切り替えた。


「ゼノ様。そろそろ“第二段階の報告”が参りますわ」


 ちょうどその時、密偵が駆け込んできた。


「報告! 第二補給拠点――ほぼ全壊!

王都軍は現在、混乱状態に陥っています!」


「よし」


 ゼノは短く頷き、エレノアへ視線を向ける。


「これで“霜鉄の鎖”は完成したな」


「はい。

彼らは前へも後ろへも進めません。

いずれ……止まった雪の中で、凍えるしかなくなります」


 エレノアの声は静かだったが、その内容は残酷だった。


「軍師として、これで十分か?」


「いいえ、ゼノ様」


 エレノアは顔を上げ、凛とした声で言った。


「これはまだ序章ですわ」


「……序章?」


「はい。

わたくしたちが目指すのは“敵を倒すこと”ではありません。

“王都の罪を、王都自身に悟らせること”です」


 その言葉は、氷の刃のように鋭く、

同時に揺らぎのない誇りを宿していた。


 ゼノは、その強さに胸を打たれる。


(この女は――この国の誰よりも強い)


「エレノア。続く策は?」


 彼女はそっと微笑む。


「王都軍には今、“飢え”が迫っています。

次は――“恐れ”を与えますわ」


 夜明けの光が二人を照らす。


 霜鉄の鎖は締まり、

王都軍は動きを完全に封じられた。


 そして、これから訪れるのは――

追放令嬢からの、“本当の反撃”。



次話


第56話「恐怖の影――沈黙する夜」

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