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『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
第四章:揺らぐ王国と目覚める意志

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第53話 霜鉄の鎖――閉ざされる進軍路

第53話 霜鉄の鎖――閉ざされる進軍路


 アシュレイ谷での大崩落から二日後。

 王都軍の進軍は、ほぼ完全に止まっていた。


 谷底に落ちた兵の救助は難航し、

 後続部隊は足場が消えたことで迂回を余儀なくされ、

 兵站は雪道で立ち往生している。


 そして最も深刻なのは――

王都軍の士気が底から崩れ始めていたことだった。


「なんでこんな危険な谷を通ったんだよ!」

「魔術師団が“氷で固めれば問題ない”と言ったんだろ!」

「その魔術師団が一番後ろで震えてやがる!!」


 兵たちの怒号が、次第に罵声へと変わっていく。


「俺たちを殺す気か!?」

「こんな作戦、まともじゃない!」


 指揮官の怒鳴り声はもはや届かず、

軍の形は“軍”ではなく、ただの不満の塊になっていた。


 そんな中、魔術師団の長が苛立ちを隠せず叫んだ。


「黙れ下賤ども!

氷結魔術が効かぬのは地形のせいだ!

我々の責任ではない!」


「なら前に出て戦え!」

「お前たちが言ったんだろうが!!」


 兵たちの怒りは凍ったような空気の中で膨れ上がり――

ついに指揮官たちは感情を抑えきれず、言葉の刃を交わし始めた。


 本来ならば侵攻の開始に湧くはずの陣営は、

雪の中で静かに腐り始めていた。



 一方、グレンヴィル連合本陣。


 山の稜線を越えて届いた密偵の報告に、

ゼノは低く呻いた。


「……本当に崩れ始めているな」


「予定より少し早いくらいですわ」


 エレノアは淡々とした表情で返した。

 その眼差しは冷静そのもの。


「谷での損害によって、兵站も士気も落ちています。

特に魔術師団と王家騎士団の衝突……

あれは、わたくしたちにとって願ってもない展開ですわ」


「敵が自滅していくのを、ただ眺めているわけにもいかんが……」


「もちろんです。

わたくしたちは“導く”のです」


 エレノアは地図の上に置かれた黒鉄の駒を動かした。


「第二段階――“霜鉄の鎖”を完成させますわ」


 ゼノは頷き、地図を覗き込んだ。


「……補給路を完全に塞ぐつもりだな」


「はい。

王都軍が迂回すればするほど、谷の反対側の補給路に負荷がかかります。

そこを――落とす」


 エレノアの指先が、“雪崖の細い道”を軽く叩いた。


「補給を断たれた軍は、戦う前に死にます。

王都軍は、いずれ“撤退か降伏”しか選べなくなりますわ」


「まるで……軍を丸ごと氷の鎖で縛るようだな」


「ええ。それが“霜鉄の鎖”。

王都軍の喉元にかける鎖ですわ」


 ゼノは横目で彼女を見た。


「……お前が敵じゃなくて本当に良かった」


「敵でしたら、ゼノ様ごと落としていますわ」


「怖いこと言うな」


 だがどこか嬉しそうに笑い、ゼノは部下へ命令を送った。



 夕暮れ。

 前線へ向かう山道で、エレノアとゼノは馬を並べて走っていた。


 冷たい空気の中で、エレノアの横顔は凛々しく輝く。


(追放された令嬢が……今はこんな場所で、

 国の行方を決める戦略を握っているなんて)


 ゼノは思わず、その事実に胸が熱くなる。


「エレノア」


「はい?」


「……誇らしいよ。

お前が、俺の隣にいることが」


「……あら。

そんなことを言われると、照れてしまいますわね」


 エレノアの頬が、夕日の色でほんのり染まった。


 ゼノはその顔を見て、ふっと息をもらすように笑った。


「お前が考えた“罠”が、まもなく王都軍を呑み込む。

ただの策じゃない。

お前自身の誇りそのものだ」


「わたくしは……ただ、奪われたものを取り戻したいだけですわ。

誇りも、信頼も、未来も」


「なら、取り戻すまで共に行こう」


「ええ。ゼノ様こそ、離れてはだめですわよ?」


「離れるか。

……絶対にな」


 その言葉は、誓いにも似ていた。



 その夜。

 王都軍の補給路は静かに、しかし確実に崩れ始めた。


 雪崖が小さく震え――

エレノアが描いた“霜鉄の鎖”が、音もなく締まり始める。


 王都軍はまだ知らない。

彼らを飲み込む“真の罠”が、これからだということを。



次話


第54話「雪崖の崩落――補給壊滅」

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