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『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
第四章:揺らぐ王国と目覚める意志

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第51話 アシュレイ谷の罠

第51話 アシュレイ谷の罠


 アシュレイ谷は、冬の終わりになると必ず霧が出る。

 谷底には雪解けの水がたまり、地面は見た目以上に脆くなる。

 だが、それを知らぬ王都の将校たちは、晴れた空だけを見て判断を下した。


「視界は良好! 最短距離で進むぞ!」


 先頭部隊の軍靴が谷へ踏み込んだ瞬間――

ぬかるんだ雪がぐじゅりと沈み、嫌な音を立てた。


「ん……? ここ、妙に柔らかく――」


 兵士の言葉を遮るように、馬が嘶いた。

 蹄が沈み、兵士もまた体勢を崩す。


「おい……これ以上進むのは……!」


「黙れ! 魔術師団が支えてくれる!」


 その魔術師団は、谷の入り口で冷ややかに兵を見下ろしていた。

 黒紫のローブを翻し、鼻で笑う。


「愚かな兵ども。ぬかるみ程度で怯えるな。

我々が氷結魔術で地面を固めてやる」


 男が杖を掲げると、青白い魔力が谷の一角へ広がった。

 たちまち地面が凍り、氷の足場が形を成す。


 兵たちはそれを見て安堵し、再び前進を始めた。


 だが――


エレノアはその瞬間を、すでに見越していた。



 一方、グレンヴィルの前線観測所。

 白い外套を羽織ったエレノアが、双眼鏡越しに谷を見つめていた。

 傍らではゼノが無言で立ち、風向きを読んでいる。


「王都軍……やはり氷結魔術を使いましたわね」


「奴らは決まって同じ手を使う。

足場を固めたつもりで、逆に“重くする”だけだ」


「ええ。氷の層は軽く見えるけれど……

水を含んだ谷底に“負荷”をかけるには、これ以上ない方法ですわ」


 エレノアの目が細められる。


「もうすぐ……崩れます」


 ゼノは彼女の横顔を見つめ、わずかに口角を上げた。


「相変わらず容赦がないな」


「わたくしを追放した王都へ、情けをかける義理はありませんもの」


 その声音は柔らかいが、内に鋭い刃を隠している。



 アシュレイ谷。


 先頭から百名ほどが氷上に乗ったところで――

地響きが走った。


「な、なんだ……地面が……?」


「揺れて――!」


 兵士たちが叫ぶより早く、地面がずぶりと沈んだ。


 いや、沈んだのではない。


 氷の層ごと、谷底が崩れ落ちたのだ。


「うわああああっ!!」


「助け――!!」


 兵士も馬も武具も、ずるり、と泥と氷に飲まれた。

 魔術師団が慌てて魔力を放つが、足場が崩れた谷では効果が薄い。


「氷結魔術を、逆に……利用された……!?

ありえん……! 王都が、辺境ごときに……!」


 魔術師の叫びは、谷の底で虚しく響くだけだった。



 遠くの高台でその惨状を見ていたエレノアは、杖の先を静かに下げた。


「……これで第一段階は完了ですわ」


「谷を通る兵は、もう前に進めない。

後ろの部隊も渋滞で足止めされる。

狙い通りだ」


「侵攻速度を“王都の三分の一”まで落とせるはずです。

補給路も寸断できます」


 ゼノは満足げに息を吐き、

まるで軍神を見つめるような目でエレノアに視線を向けた。


「お前がいて、本当に良かった」


「当然ですわ。わたくしは――あなたの軍師ですもの」


 エレノアは小さく笑い、双眼鏡を降ろした。


「それに……もっと困るべきは、魔術師団の上層でしょうね」


「どうしてだ?」


「谷底に落ちた“あの百名”は、王都軍では貴重な人材。

兵の損失で最も怒るのは、本来指揮を執る貴族たちですわ」


 ゼノは吹き出しそうになるのを堪えた。


「つまり……同士討ちに近い混乱が起きる」


「はい。

敵は自ら崩れます。

わたくしたちは、次の策に移るだけ」


 風が二人の間を通り抜ける。


(王都軍……。

あなたたちがどれほど力を集めようとも――

私のこの“誇り”と“知略”は折れません)


 エレノアの瞳には、炎ではなく氷のような冷たい光が宿っていた。


 その背に、ゼノは確かな信頼を感じていた。


「エレノア。次の指示を」


「ええ――参りましょう。

第二段階、“霜鉄の鎖”の布陣を開始いたします」


 ふたりは同時に踵を返し、戦いの次の局面へと進んでいった。


 アシュレイ谷に響く兵の悲鳴は、

グレンヴィル連合の勝利の鐘に変わりつつあった。

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