第50話 王都軍、進軍開始
第50話 王都軍、進軍開始
王都ローレンツの北門が、重く軋む音を立てて開いた。
鉄で縁取られた巨大な扉は、まるで国が悲鳴を上げているかのようだった。
その向こうから、青と白の軍旗がひるがえる。
王家騎士団第一部隊、第二部隊。
そして、紫の紋章を掲げる魔術師団の一団。
馬の蹄が石畳を叩く音が、街を震わせた。
「王都軍だ……本当に出陣するのか……」
「グレンヴィルを討つために……?」
「どうして、あの地と戦う必要があるんだ……?」
民たちは不安げにその行軍を眺めていた。
兵士たちは顔を強張らせたまま前を向いている。
誰も、胸を張って歩いてはいなかった。
フレデリック王太子は城壁の上から、その様子を見下ろしていた。
冷たい風が金髪を乱す。
(……エレノア。君がいた時は、すべてが整っていたのに)
彼は、自分の喉が乾く音を聞いた気がした。
(でも、もう後戻りはできない……)
貴族連合と魔術師団に押し切られるようにして決断した討伐軍。
それが今、動き始めてしまったのだ。
「殿下、軍は予定通り進軍開始いたしました」
側近の声が、空虚な響きを伴って耳に届く。
「……そうか」
フレデリックは、静かに目を閉じた。
その表情には、勝利の意思など微塵もなかった。
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一方その頃、グレンヴィルでは。
城の高台に立つエレノアが、遠くの空を見つめていた。
まだ、王都軍の軍旗は見えない。
しかし、風が運ぶ冷たさの質が変わった。
(……動きましたわね。王都軍)
「エレノア、報告だ」
背後からゼノが歩み寄る。
彼はすでに戦の鎧に身を包み、威圧感よりも静かな覚悟をまとっていた。
「王都軍が北門を出たとの情報が入った。
規模は三千から五千。魔術師団も同行している」
「やはり、大軍を……。ですが――」
エレノアは微かに微笑んだ。
「わたくしたちの“策”の方が早いはずですわ」
ゼノはその横顔をじっと見つめ、わずかに笑った。
「お前は本当に恐ろしい女だな」
「褒め言葉として受け取りますわ」
ふたりのやり取りを見ていた騎士たちは、
奇妙なほどの安心感を覚えていた。
(この二人が前にいる限り……負ける気がしない)
そんな空気が自然と生まれていた。
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ほどなくして、密偵のひとりが息を切らして到着した。
「軍師殿! 領主様! 急ぎの報告です!」
「どうしたの?」
「王都軍は……通常の街道ではなく、
“アシュレイ谷”を抜けるルートを選んだ模様です!」
周囲がざわついた。
「アシュレイ谷だと!? あそこは雪解けで危険すぎる!」
「軍隊が通れるような道じゃないぞ!」
だがエレノアは表情を変えなかった。
「いいえ。むしろ、彼らがそこを通るのは当然ですわ」
密偵が驚いた表情を向ける。
「……軍師殿、予想されていた、のですか?」
「王都軍の指揮官には二種類しかおりません。
“功績に飢えた者”か、“魔術師団に脅されている者”」
エレノアは凛とした声で続ける。
「どちらも“最短距離”という言葉に惑わされる傾向があります。
最も危険な道でも、距離が短ければ選んでしまうのです」
ゼノが片眉を上げた。
「つまり、お前が予想した通りに動いている」
「はい。そして――わたくしたちは“その先”に罠を仕掛けるだけですわ」
冷たい風が吹き、エレノアの銀髪がふわりと揺れた。
「ゼノ様。これより、補給路破壊の第一段階を実行いたします。
連合軍全体に命を伝えてくださいませ」
「了解した」
ゼノは振り返り、騎士たちへ命令を飛ばす。
「連合軍、第一段階作戦――開始する!」
兵士たちが一斉に動き出した。
その動きは、まるで大地が目覚めたかのようだった。
エレノアは遠くの空へ目を細める。
(王都軍……。
あなた方がどれほど大軍を揃えようとも――)
(わたくしたちの“知略と意志”は、必ずあなたを上回ります)
彼女の胸に、冷たい炎が宿る。
こうして、王都軍とグレンヴィル連合の戦いは。
まだ刃が交わる前から――すでに始まっていた。
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次話
第51話「アシュレイ谷の罠」
皆さま、第50話までお読みいただきましてありがとうございます。
王都軍がついに動き出し、わたくしたちグレンヴィル連合も、いよいよ本格的な戦いの準備に入ることとなりました。
ふと空を眺めながら、思うのです。
(……あの王都にいた頃のわたくしは、
まさか“軍師として大軍を迎え撃つ日”が来るなど、夢にも思いませんでしたわね)
追放された日。
王都の誰一人、わたくしの言葉を聞こうとしなかった日。
あの日の痛みが、今は“迷わぬための糧”となっております。
そして、ゼノ様の隣で策を示し、兵たちと共に未来を創る――
その瞬間の手応えのなんと確かなことでしょう。
わたくしはもう、王都の影に震える令嬢ではありません。
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ところで――
最近、わたくしのもとへ遊びに来た“ある令嬢”が、
扇をぱたぱたさせながら、こんなことを仰っていました。
「ごきげんよう、エレノア様。
わたくしエリザベート・フォン・ローゼンクロイツ、
悪役令嬢を目指しているのに、なぜか周囲から善行扱いされておりますの」
……という、なんとも苦労の絶えないお方です。
ちなみにエリザベート様の物語、
『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』
は、軽やかな笑いと愛嬌に満ちた、とても愉快な“悪役になりきれない悪役令嬢譚”です。
もし、わたくしのような“追放からの逆転劇”とは少し違う、
方向性の迷走した優雅な悪役令嬢を見たい方は、ぜひ覗いてみてくださいませ。
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そして、もうひとつ。
ゼノ様と策を練っていると、時折思い出す物語がございます。
異世界へ転生し、
前世の知識と経験を武器に未来を切り拓く青年の物語――
『異世界ダイナリー』
あのユウ様のように、
“過去を活かし、未来を変える”という姿勢は、
わたくしにも通じるものがあると思っておりますわ。
興味がおありでしたら、こちらもぜひ。
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最後に
王都軍が動いたことで、
いよいよわたくしたちの運命は大きく動き始めます。
ですが、どうかご安心くださいませ。
ゼノ様が側にいてくださる限り、
わたくしは決して挫けません。
そして皆さまの応援が、
わたくしの力ともなっているのです。
次話も、どうか楽しみにお待ちくださいませ。
ごきげんよう。




