第356話 アリスの頼み
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side アンジェリーク
私はハリソン伯爵家に長く仕えてきた。
騎士団長として兵士や騎士たちをまとめ上げ、自分で言うのも何だが部下たちからの信頼も厚い方だと思う。
だからこそ、私はハリソン家を内側から支えていくのが自分の役目だと考えていた。
だが――情けないことに、私は当主モルダー伯爵の弟であるタムズの策略に嵌められていた。
モルダー伯爵夫妻は既に亡くなったものと思い込まされ、その結果、タムズの好き勝手な振る舞いを許してしまったのだ。
そんな状況を覆したのが魔導具師エドソンとメイドのメイだった。
二人の活躍によってタムズの悪事は暴かれ、石化させられていたモルダー伯爵夫妻も無事救出された。
悪魔騒動によって傷ついた街も復興を遂げつつある。
ハリソン家にとって、あの二人は間違いなく救世主だった。
だが、その救世主たちは既に街を去っている。
自由商業都市エクサスへ向かったと聞いていた。
どこへ行こうと、あの二人ならきっと活躍するだろう。
だからこそ――私はもっと強くならなければならない。
エドソンとメイのおかげで、自分がいかに未熟だったかを思い知ったのだから。
今も鍛錬を続けているのは、そのためだ。
次に再会した時、胸を張れない自分ではいたくない。
剣を振るう。
鋭く踏み込み、袈裟斬りを放つ。
乾いた風を斬る音が訓練場に響いた。
最近は平和だ。
騎士としては喜ぶべきことなのだろう。
だが剣を握るたびに思ってしまう。
私はもっと強くなれるのではないか、と。
「アンジェ、ここにおったか」
聞き慣れた声に振り返る。
そこにはハリソン家次女のアリス様が立っていた。
「アリス様。どうかなさいましたか?」
「うむ。実はアンジェに一つ頼みがあるのじゃ」
アリス様は深く頷いて言った。
私を見上げる瞳は真剣そのものだ。
「私に頼みですか?」
「そうじゃ!」
アリス様は勢いよく指を突きつける。
「妾と一緒にエクサスへ行くのじゃ!」
「…………はい?」
流石の私も言葉を失った。
数秒遅れてようやく頭が追いつく。
「その……アリス様と私でエクサスへ?」
「そうじゃ!」
「突然過ぎて驚きましたが、なぜそのような話に?」
「それがな。最近エクサスでは怪しい動きがあるらしいのじゃ」
アリス様が腕を組む。
「商人の失踪事件も起きておるし、お父様も気にしておった。つまりこれは潜入捜査なのじゃ!」
確かにエクサスでは商人の失踪事件が相次いでいるという報告が届いている。
エドソンとメイが向かったのも、その件と無関係ではないのかもしれない。
「だとしても、アリス様自ら行くのは危険です。それであれば私が独自に――」
「そ、それでは意味がないのじゃ!」
アリス様が慌てて割り込んだ。
「妾が行かねばエドソンと会えないのじゃ!」
「――アリス様」
「はっ!」
しまったという顔をするアリス様。
「さては、そちらが本当の目的ですね?」
「ち、違うのじゃ! いや違わぬが違うのじゃ!」
必死に手を振るアリス様。
「もちろん事件も気になるのじゃ! ただエドソンと再会したいのも少しはあるのじゃ!」
「少し、ですか?」
「……かなりあるのじゃ」
正直で何よりだ。
思わず苦笑してしまう。
だが、やはり危険な任務に同行させるわけにはいかない。
「お気持ちは分かりましたが、やはり難しいでしょう。何よりモルダー様が許可なさらないかと」
「それなら問題ないのじゃ!」
アリス様が胸を張る。
「既に許可は取ってある!」
「え?」
「アンジェと一緒なら良いそうじゃ!」
「えぇ……」
まさか許可済みだったとは。
いや、違うな。
モルダー様は最初から私が同行することを前提に許可を出したのだろう。
確かに私ならアリス様を放って帰るような真似はしない。
信頼されていると思うべきか、責任を押し付けられていると思うべきか。
「それでしたら尚更です。危険な場所へアリス様をお連れするわけには――」
「アンジェよ」
アリス様が不意に真面目な声を出した。
「この話を受ければ、お主もエクサスへ行けるのじゃぞ?」
「……それは」
「お主はもっと強くなりたいのであろう?」
その言葉に思わず息を呑む。
「エドソンのおかげで領地は平和になった。もちろん良いことじゃ」
アリス様が笑う。
「じゃが、お主は物足りないと思っておる」
「アリス様……」
「エクサスで起きている事件を解決することは、お主の成長にもきっと繋がるはずじゃ」
その言葉は不思議なほど胸に響いた。
もっと強くなりたい。
次にエドソンとメイに会った時、胸を張りたい。
その想いは確かに私の中にある。
そして――エクサスで何かが起きているのも事実だ。
「……参りました」
私は小さく息を吐いた。
「ということは!」
アリス様の顔がパッと明るくなる。
「同行いたします」
「おおっ!」
アリス様が飛び上がる。
「流石アンジェじゃ!」
「ですが条件があります」
「なんじゃ?」
「決して私の側を離れないこと。そして危険だと判断した場合は即座に撤退します」
「うむ! 任せるのじゃ!」
アリス様が元気よく頷く。
その返事に若干の不安を覚えつつも――。
私自身、胸の高鳴りを抑えられなかった。
自由商業都市エクサス。
そこにはエドソンとメイがいる。
そして、まだ見ぬ強敵や試練も待っているのかもしれない。
ならば――騎士アンジェリークとして、更なる高みを目指す好機だ。
私はそう自分に言い聞かせるのだった。
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