第355話 人質
ノクターンと名乗った男、そしてクリムゾン姉妹にレッド。
血の五人衆とやらが私たちの前に立ちはだかる。
メイは子どもたちを庇うように構え、レッドを睨みつけていた。
対するレッドも壁から身体を引き抜きながら獰猛な笑みを浮かべる。
「今のは効いたぞメイド」
「当然です。貴方のような方に加減する理由はありませんので」
メイが冷たく言い放つ。
レッドの額に青筋が浮かんだ。
一方で私はリボルバーを片手にノクターンと睨み合っていた。
この男には普通に撃っても当たらない。どうしようかと考えを巡らせていたその時だった。
「やれやれ、随分と手間取っているじゃないか」
聞き覚えのない男の声が響いた。
建物の陰から姿を現したのは一人の男。
派手な装飾の施された服を身に纏い、どこか尊大な態度を隠そうともしない。
そしてその姿を見た瞬間、ノクターンの眉が僅かに動いた。
「……何故、貴方がここにいるのです」
その声には明らかな不快感が混じっていた。
「何故とはご挨拶だな。お前たちだけでは不安だから様子を見に来てやったんだ」
「余計な真似を」
ノクターンが吐き捨てるように言う。
だが男は意にも介さない。
「ふん。相変わらず愛想のない奴だ」
どうやら仲間同士とはいえ、一枚岩というわけではなさそうだな。
そんな事を考えていると男が私の方へ視線を向けた。
「初めまして――と言うべきかな」
口元を吊り上げる。
「私はセルジオ・エクサス」
エクサス――。
その名を聞いて私は目を細めた。
評議会総代表ソアラ・エクサスの義弟。
そして今もっとも怪しい人物の一人。
「お前がセルジオか」
「ほう? 私を知っているのか」
セルジオが楽しそうに笑う。
そして軽く指を鳴らした。
「なら話は早い。お前には大人しく付いてきてもらおう」
「断ると言ったら?」
「それは困るな。お前にはやってもらいたい仕事がある」
セルジオが肩を竦めた。
次の瞬間。
建物の影から二つの人影が姿を現す。
男と女。
どちらも虚ろな目をしていた。
肌は青白く、口元からは牙が覗いている。
そして首元には噛み痕のような傷。
「紹介しよう」
セルジオが愉快そうに笑う。
「ゴーン商会の主人とその妻だ」
ゴーン商会――。
リックとヨナの両親か。
だが当然ながら私には面識がない。
本当に本人たちなのかも判断できない。
私は腕輪の陰でそっと嘘発見器を起動した。
反応は――ない。
少なくとも今の発言に嘘は含まれていないらしい。
「助けたいのだろう?」
セルジオが勝ち誇ったように言う。
「娘もこちらにいるぞ」
ヨナ。
その名前こそ出さなかったが言いたい事は分かる。
今ここで無理に戦えばどうなるか分からない。
ゴーン夫妻。
そしてヨナ。
どちらも人質に取られているようなものだ。
「その二人を連れてくる必要はなかったでしょう」
ノクターンが低い声で言った。
僅かだが苛立ちが混じっている。
「使える駒は使う。それだけの話だ」
「……そうですか」
それ以上ノクターンは何も言わなかった。
だが納得しているようには見えなかった。
私は小さく息を吐く。
正直、この場を突破する事自体は不可能ではない。
メイもいる。
五人衆とやらも厄介だが勝てない相手ではないだろう。
だが問題はその先だ。
ゴーン夫妻の安全。
ヨナの居場所。
そして――カミラ。
連中についていけば危険はある。
だが同時に一気に核心へ近づける。
そう考えると答えは一つだった。
「御主人様」
メイがこちらを見る。
私は頷いた。
「大丈夫だ」
そしてセルジオへ視線を向ける。
「わかった。案内してもらおう」
セルジオの口元が大きく歪んだ。
「賢明な判断だ」
「勘違いするなよ」
私は肩を竦める。
「お前に従うつもりはない。ただ、聞きたいことが山ほどあるだけだ」
「好きに言え」
セルジオが笑う。
ノクターンは静かに目を閉じた。
「では参りましょう」
その言葉と共に五人衆が動き出す。
私とメイも後に続いた。
待っていてくれヨナ――そしてカミラ。
必ず助け出してみせる。




