第353話 攫われたヨナ
立体飛導操機に乗り、私は夜の街並みを疾走していた。
眼下を流れていくエクサスの灯り。昼間は活気に満ちていた商業都市も、夜になればその表情を変える。
だが、今の私にそんな景色を楽しむ余裕はない。
視線の先――月明かりに照らされた黒い影。
ヨナを抱えて飛ぶ何者かの姿が、確かに見えていた。
「もう少し……!」
立体飛導操機の出力を上げる。
風が頬を叩き、景色がさらに加速した。
攫った相手は背中から巨大な蝙蝠の翼を生やしている。
人間ではありえない姿。
あれが今回の件に関わっている“吸血鬼”なのか――。
「メイ、このまま追いついてヨナを――」
「御主人様! お気をつけを!」
私の言葉を遮るように、メイが鋭く叫んだ。
同時に背筋を凍らせるような悪寒。
咄嗟に視線を落とす。
すると――。
「なっ!?」
細剣を携えた執事服の男が、いつの間にか私のすぐ側まで迫っていた。
月光を反射する銀の刃。
その男は、まるで夜そのものに溶け込むような動きで空中へ躍り上がっていた。
「くそッ!」
私は反射的に立体飛導操機から飛び降りる。
直後――。
執事服の男が細剣を一閃。
空中に残された立体飛導操機が、まるで紙細工のように両断された。
バチバチと火花を散らしながら、砕けた魔導具が地面へ落下していく。
「私の魔導具がぁぁぁ!?」
「中々の反応でしたな」
男が静かに言った。
地面へ着地しながら砕けた立体飛導操機を見る。
完全に真っ二つだ。
しかも切断面が異様なほど滑らか。
耐久性には相当拘ったつもりだったのだが、それをこうも容易く斬り裂くとは。
「私の魔導具を壊しておいて、タダで済むと思うなよ」
私は腰のホルダーからリボルバーを抜き放ち、即座に引き金を引いた。
放たれた魔弾が一直線に男へ迫る。
だが――男は軽く身体を捻っただけでそれを回避。
まるで最初から軌道が見えていたかのような動きだった。
「ちぃっ!」
私は続けざまに連射する。
だが結果は同じ。
男は最小限の動きだけで全ての魔弾を躱してみせた。
「私の目に狂いがなければ、貴方の攻撃は当たりませんよ」
執事服の男が薄く笑う。
その瞬間――。
八つの火球が夜空を裂いて男へ襲い掛かった。
メイの魔法だ。
火球は四方から挟み込むように迫る。
普通なら回避不能。
だが――
「数で勝負ですか」
男は軽やかなステップで火球の隙間をすり抜けていく。
まるで踊っているかのような身のこなし。
全ての火球が空を焼くだけで終わった。
強い。しかも異常なまでに速い。
この男を相手にしていたら――ヨナに追いつけない。
「メイ! ヨナを優先するんだ!」
「ですが御主人様! この男は危険です!」
「わかってる! だがヨナを放っておけない!」
一瞬、メイが迷う。
そして――。
「……承知いたしました。御主人様、どうかご無事で!」
メイが大きく跳躍。
屋根の上へ飛び移り、ヨナを攫った相手を追おうとした――その瞬間。
轟音。
爆炎。
メイのいた場所が突然炎に包まれた。
「メイッ!」
熱風がこちらまで押し寄せる。
そして夜空に響く、甲高い女の笑い声。
「あらあら~これは黒焦げかしら?」
「そうねぇ~消し炭になってるかも~?」
声のした方を見る。
そこには、離れた屋根の上に立つ二人の女。
紅蓮のような赤髪。
瓜二つの顔。
まるで鏡写しのようにそっくりだった。
しかも二人とも、指先に炎を灯している。
あの爆発――あいつらの魔法か。
「どうやら――チェックメイトのようですな」
執事服の男が静かに告げた。
夜風が吹き抜ける。
メイの全身を包み込むように燃え上がる炎。そして、遠ざかっていくヨナ。
最悪だ。
だが――ここで諦めるわけにはいかない。
私はリボルバーを握り直し、静かに息を吐いた。




