第352話 不可解な死
「前当主のカロラ様が急死されたのは半年前の事です。それから実子であるソアラ様が評議会の支持を得て総代表となり、現在のエクサスを取り仕切る立場となりました」
マースが静かな口調でそう語った。
商業都市エクサスでは世襲制を取り入れていない。
評議会による投票によって“総代表”が選ばれ、その人物が都市の代表として政治を担う仕組みだ。
とは言え、長年エクサス家がその座に就き続けている以上、実質的には名家による統治に近い。
「カロラ様は世間的には病死という事になっています。ですが、亡くなる直前まで普通に表舞台へ立っておられましたし、病に関する話も一切表には出ていなかったのです」
マースが眉を寄せる。
「しかも死後は遺体もすぐに処理され、詳しい死因も公表されませんでした。医師団も口を閉ざしたまま。あまりに不自然だった事から、一部では暗殺説も囁かれていたのです」
なるほど。
それなら疑われるのも当然だ。
「つまりマースも前当主の死を怪しいと感じていたわけだな」
「はい。そしてカミラ様も同様でした。もっとも疑念を深めたのは、ソアラ様の治療を始めてからのようですが」
「恐らくソアラ様から何か話を聞いていたのでしょうね」
メイが補足するように呟いた。
「あぁ、私もそう思う」
カミラが動く以上、単なる勘だけで終わるとは考えづらい。
「しかし、そうなると暗殺を企てたのはソアラということにならないか?」
「確かに、結果的に総代表となったのはソアラ様です」
だが――とマースは首を横に振った。
「私はむしろ、暗殺を企てた側にとって“想定外の結果”だったのではないかと考えています」
「想定外?」
私が聞き返すと、マースは頷いた。
「はい。実はカロラ様の死後、評議会ではかなり揉めたそうなのです」
マースは記憶を辿るように言葉を続ける。
「投票ではソアラ様が総代表に選ばれました。ですが満場一致ではなく、セルジオとの間で票が大きく割れたらしいのです」
なるほど。
「しかも、セルジオ派は既に評議員の多くを取り込んでいたようで、自分たちの勝利を確信していたそうです」
だが実際にはソアラが選ばれた。
「だからこそ、セルジオ側は相当荒れたようです。表向きは従ったものの、裏ではかなり不満が燻っていたとか」
一気にきな臭くなったな。
「そういえば今の評議会を実質的に取り仕切っているのは……」
「はい。セルジオの母――ルミナ・エクサスです」
マースの言葉に、私は腕を組みながら考え込む。
セルジオ。
ルミナ。
前当主の急死。
そしてカミラの幽閉。
全部が一本の線で繋がり始めていた。
「話はわかった。つまりセルジオ側が暗殺を企て、何らかの薬でカロラ・エクサスを殺害した可能性がある」
「はい。そしてゴーンは、その事実に気づき始めていたのだと思います」
マースが静かに答える。
「ゴーンは商人であると同時に、異文化や他種族の風習にも強い関心を持っていました。そういった書物もよく読み漁っていましたからね」
だからこそ気づいたわけか。
「儀式用素材の異常性に、だな」
「恐らくは」
マースが頷いた。
「カロラ様の死後、点と点が繋がったのでしょう。そして真相を探ろうとして――狙われた」
筋は通っている。
少なくともセルジオ側が黒である可能性は極めて高い。
「……となると、これ以上外側から探っていても埒が明かないな」
私がそう呟くと、メイが視線を向けてくる。
「ということは御主人様」
「あぁ。エクサス家に侵入する。それが一番早い」
これ以上情報だけを追い回していても時間が掛かる。
だったら――直接確かめた方が早い。
「ではすぐにでも向かいますか?」
メイがやる気満々で拳を握る。
「いや、流石に今すぐは無理だ。相手は評議会の中心だぞ? 準備もなしに突っ込むのは危険すぎる」
「確かに……」
メイもしぶしぶ頷いた。
「それに必要な魔導具の準備もあるからな」
「でしたら私も商人として役立つ物を揃えましょう」
マースも協力を申し出てくれる。
頼もしい限りだ。
そうして話し合った結果、今夜は一旦宿へ戻り、それぞれ準備を整える事になった。
◆◇◆
夕食を終えた後、私とメイは部屋で侵入用の魔導具を選別していた。
「やはり隠密用ならこれとこれか」
「ですが御主人様。その煙玉型魔導具は以前屋敷を半壊させ――」
そんなやり取りをしていた、その時だった。
「キャァアアアアア!」
「ヨナァアアアアア!」
悲鳴。
そして窓ガラスが砕け散る轟音。
「っ!」
「御主人様!」
私とメイは同時に部屋を飛び出した。
向かった先はリックたちの部屋。
扉を開けると、室内は騒然としていた。
割れた窓。
吹き込む夜風。
そして窓際で呆然と立ち尽くすリックの姿。
「一体何があった!」
「それが……!」
デイルが焦った様子で振り返る。
「宿の主人が“追加宿泊の確認をしたい”って部屋に来たんです! 最初は普通だったんですが――」
「突然姿が変わって、ヨナを攫って外へ!」
ルークが険しい表情で続けた。
変身――その単語だけで嫌な予感が脳裏をよぎる。
私はすぐさま鑑定眼鏡を装着した。
レンズ越しに夜の街を拡大する。
逃走する影。
小さな人影を抱えたまま、屋根を飛び移っている。
「対象までの距離――六百メートル」
まだ間に合う。
「メイ!」
「はい御主人様!」
私は無限収納リングから立体飛導操機を取り出し、そのまま窓から飛び出した。
夜風が頬を打つ。
眼下ではエクサスの灯りが流れ、商業都市の夜景が遠ざかっていく。
メイもまた、建物の屋根を蹴りながら高速で追走してきていた。
待ってろヨナ――!




