第346話 カミラの命運
やはりカミラは囚われていたか。
アレクトから手紙を読ませてもらった時点で覚悟はしていた。だが、実際にその事実を突きつけられると、胸の奥に重いものが沈む。
「手紙は確認した。カミラは罪人として囚えられたとあったな。――罪状は、具体的には何だ?」
「はい。一つは現当主ソアラ・エクサスへの暗殺未遂。そしてもう一つが――街を騒がせていた吸血鬼事件の主犯、という扱いです」
マースの言葉に、私は思わず眉を顰めた。
「……なるほど。吸血鬼であることが露見したわけか。だとしても、それがそのまま犯罪者扱いに繋がるのは解せんな」
「なんと……エドソン様は、カミラ様が吸血鬼であることをご存知だったのですか?」
マースが驚きを隠せない様子で目を見開く。
「昔なじみでね。あいつの体質も、その事情も知っている」
そう答えながら、かつての記憶が脳裏をよぎる。
吸血鬼――
それは“人を襲う怪物”などではない。
魔力を自己生成できないがゆえに、外部から補う必要がある存在。
ただそれだけのことだ。
「それでしたらご理解いただけるはずです。カミラ様が暗殺など企てるわけがない。そして、無差別に人を襲うなど……あり得ません」
「ああ。その通りだ。カミラは既に“別の手段”を持っている。魔力を補うために吸血に頼る必要はないはずだ」
私の言葉に、メイが静かに続ける。
「……となると、問題はそこではありませんね。“なぜ正体が露見したのか”です」
私は小さく頷いた。
でっち上げ――その可能性もある。
だが、それにしては状況が整いすぎている。
暗殺未遂、吸血鬼事件、そして拘束。
偶然にしては出来すぎだ。
むしろ――
“露見すること自体が前提だった”と考えるべきか。
「手紙には、当主の治療にあたっていたとあったな。病については何か聞いているか?」
「……いえ。契約上、詳しくは語れないと仰っていました。ただ――」
マースが言葉を選ぶように間を置く。
「相当な難病であることは、見ていて分かりました。カミラ様ほどの錬金術師が、あれほど苦慮していたのですから」
難病。そして、吸血鬼の正体が露見。
この二つが無関係とは思えない。
(……治療の過程で、何かが起きたか)
あるいは――
“起こされた”。
もし治療に“吸血”が関わっていたのだとすれば。
それを目撃された時点で――
「……なるほどな」
「御主人様、何か思い当たることが?」
「まだ仮定の域だが――筋は通る」
言葉を濁しつつも、頭の中では一つの線が繋がりつつあった。
だが今は断定する段階ではない。
情報が足りない。
「それよりも――カミラは無事なのか?」
最も重要な点を確認する。
「恐らくは。ガイスにも動いてもらっていますが、処刑されたという情報は出ていません。それに、屋敷関係者からも“生かされている”という話は得ています」
「……そうか」
胸の奥にわずかな安堵が灯る。
生きているなら、間に合う。
まだ、取り返せる。
「ご主人様、どうなさいますか?」
「最短は――強行突破での救出だが……」
口にしながら、私は首を横に振る。
それは最も単純で、最も危険な手だ。
状況が見えない以上、無策で踏み込めば逆に取り返しがつかなくなる。
「まずは全体像の把握だな。カミラ、吸血鬼事件、失踪した商人――この三つは確実に繋がっている」
「つまり黒幕が存在する、と」
「そういうことになる」
そして、その黒幕は――恐らくエクサス家の中にいる。
そこまで思考が進んだ、その瞬間だった。
「――御主人様」
メイの声が、僅かに低くなる。
空気が変わった。
それは言葉よりも先に、肌で感じる違和感。
「マース様。この隠れ家に、他に来客の予定は?」
「? いえ。この場所を知っているのはガイスと……あなた方だけのはずですが」
「……そうですか」
メイの目が細められる。
いつもの穏やかな表情は消え、完全に戦闘時のそれへと切り替わっていた。
視線が、扉へ向く。
わずかな沈黙。
その一瞬の間に、空気が張り詰める。
「メイ――まさか」
「はい」
即答だった。
迷いはない。
「マース様、後ろへ。壁際に下がってください」
「え、ええ……?」
「来ます」
その言葉とほぼ同時だった。
――轟音。
扉が内側から弾け飛ぶように破壊され、木片と金具が爆風と共に室内へと叩き込まれる。
土煙の向こうから現れたのは――ローブに身を包んだ複数の人影。
静かに、しかし確実にこちらへと踏み込んでくる。
その足取りに、躊躇はない。
まるで最初からここに“いると分かっていた”かのように。
「……やれやれ」
私は小さく息を吐いた。
「どうやら、考える時間はくれないらしいな」
メイが一歩前へ出る。
その背に、わずかな殺気が滲む。
「御主人様。指示を」
「まずは――」
私は侵入者たちを見据えた。
「話が出来るかどうか、試してみるとしようか」
そう言った瞬間、空気は完全に戦闘のそれへと変わっていた。




