第345話 カミラとソアラ
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side カミラ
この想いは、胸の奥に仕舞っておくだけでいいと思っていた。
決して口にしてはいけないものだと――そう自分に言い聞かせていた。
だけど――
そんな私に、彼は言ってくれた。
愛していると。
私の正体が何であろうと関係ないと。
――あの時の言葉を、私は一生忘れない。
全ての始まりは、彼の病だった。
自由商業都市エクサス。
この都市では、法も税も、全てが評議会によって決められる。
そしてその頂点――都市の長。
それが、ソアラ・エクサスだった。
若くして当主に就いた彼は、その年齢に似合わぬ手腕で評議会をまとめ上げ、
市民のために尽くす政治を行ってきた。
理想的な為政者。
そう評されることも多い。
実際、彼はそれに値する人物だった。
だけど――
そんな彼には、一つだけ致命的な問題があった。
紅魔血症――
紅の呪いとも呼ばれる病。
魔力が血液そのものに干渉し、体内のマナ変換機構を破壊していく異常症状。
本来、魔力は体内で生成・循環されるもの。
だがこの病に侵されると、それが制御できなくなる。
血液そのものが魔力を帯び、
感情の高ぶりに応じて暴走する。
発症者の血は淡く紅く輝き、
やがて瞳にまでその影響が現れる。
そして――
いずれ、内側から壊れる。
魔力の奔流に耐えきれず、肉体そのものが崩壊する。
それが、この病の終着点だ。
治療法は存在しない。
少なくとも――この時代の技術では。
そんな病に侵されながらも、
彼は働き続けていた。
自分の命よりも、市民の生活を優先して。
だからこそ――
私は、彼を見捨てることが出来なかった。
私の存在が知られてしまったのは、
恐らく私の詰めが甘かったのだろう。
目立たぬようにしていたつもりだったが、
錬金術師としての腕を見込まれ、
彼は私のもとを訪れた。
「助けてほしい」
ただ一言、そう言って頭を下げた。
その姿を見た瞬間、
私はもう、断ることが出来なかった。
エクサス家へと赴き、彼の容態を確認する。
そして――驚いた。
想像以上に進行していたからだ。
瞳は既に紅を帯び、
血中魔力は不安定に揺れている。
あと少しで――臨界。
そう判断するには十分だった。
それでも彼は、笑っていた。
「まだ大丈夫だよ」と。
冗談のように言ってみせた。
その姿が――どうしようもなく、痛々しかった。
だから私は、全力で向き合った。
薬で抑えられないか。
術式で制御できないか。
何度も試し、何度も失敗した。
だが――
結論は変わらなかった。
根本的な治療は不可能。
薬では進行を遅らせるのが限界。
それが、現実だった。
だから――
私は、決断した。
人としては決して選べない手段。
だが、私なら出来る方法。
それを、彼に提示することを。
私は、全てを打ち明けた。
自分が吸血鬼であること。
そして――
吸血によって血液内の魔力を直接取り除くことで、
症状の進行を抑えられる可能性があること。
それは治療ではない。
延命に近い。
しかも定期的に繰り返す必要がある。
それでも――
今の彼を救う唯一の手段だった。
同時に、不安もあった。
拒絶されるかもしれない。
気味悪がられるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
その恐怖が、胸を締め付けた。
きっと――
この時にはもう、私は彼を愛していたのだろう。
そして――
彼は、微笑んだ。
『君が吸血鬼かどうかなんて関係ない』
静かに、そう言った。
『僕はカミラとして君を信頼している』
まっすぐに、私を見て。
『……でも、打ち明けてくれてありがとう』
あの時の表情を、私は忘れられない。
あの瞬間――
私は救われたのだと思う。
それから、私たちは共に歩むようになった。
吸血による処置を続けながら、
彼の身体を支え、
彼は都市を支え続けた。
不安はあった。
恐怖もあった。
それでも――
彼の隣にいられることが、幸せだった。
そして、ある日。
彼は私に想いを告げた。
愛していると。
その言葉は、私にとってあまりにも眩しくて――
同時に、少しだけ怖かった。
私は本来、愛される側の存在ではない。
そう思っていたから。
それでも――
その想いを、受け入れた。
彼と共にある未来を、信じた。
だけど――
その時間は、長くは続かなかった。
ある日。
突然、騎士団が踏み込んできた。
評議会の命令だと言って。
私を拘束した。
罪状は――
ソアラへの吸血行為。
そして――
都市で発生している“吸血鬼事件”の犯人。
全てを、私一人に被せる形で。
抵抗する間もなく、私は捕らえられた。
そして――
尋問が始まる。
だが、そこに現れたのは騎士ではなかった。
ゆっくりと扉が開き、
入ってきた男の顔を見た瞬間――
私は、全てを理解した。
ソアラの義兄。
セルジオ・エクサス。
彼の口元には、笑みが浮かんでいた。
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