さすらう18
食べられちゃう。比喩的な意味とか男女的な意味じゃなく。
物理的に。
「おい、歯ぁ磨け。とてもお客様をインする環境じゃないよ?」
たくさんだ! わたしは帰らせてもらう! ……なんて言おうもんならパックンですね。分かります。
『む、そうか……今までそのような些事を気にしたことがないのでな』
ですよね。問答無用でいただいちゃってたでしょうから。
「もっと穏便に運んでもらえない? 具体的に言うと……命の危険がない感じで」
安全に。
『難しいのだな』
お前が竜でなかったら……。
不思議なことに俺のコメカミが痛いや。この浮かび上がった青筋、これが思いやりってやつかな?
「いや、もっとあるだろ? その運動場並みの背中の隅を貸すとか、この前みたいにパッと移動するとか」
『ふむ。しかし外敵に対する備えがないぞ? 我が口内なら、万物を弾く鱗と伝説の鉱物にも劣らぬ牙によって、あらゆる厄災を退けられるが?』
その代わり常に強力な胃酸の脅威に晒されますね。
「ふふふ、こう見えて俺も冒険者の末席を汚すアウトロー。ちょっとやそっとの危険なんて」
竜の口内に比べたら何でもマシだわ。俺の人生のワースト3ぐらいの状況に入るぞ。ちなみに二位は花火大会がある時の客の入りだ。始発のラッシュぐらい入ってた。俺ごとやれぇー! って言いたくなった。
『その意気や良し』
グワシッ。
「ぎゃあああああああ!」
ビルのような手に掴まれた。交通事故並みの衝撃に意識が飛びかける。
というか下半身ついてる? ブチュって何の音? ケチャップ?
「グワァアアアアアアアアア、ハッハッハア!」
竜がバカデカい声で機嫌良く笑ったのを確認して、俺の意識は再び旅に出た。次は石炭袋で降ろして下さい。
「はいガシッとな」
「キャアアアアアアア! なんでよ!? なんで掴むのよ! 今回はなんにも言ってないじゃない!」
「お前は山に登ることに理由を聞くのか?」
「訳分かんない。バカなんじゃないの?」
それは生殺与奪を握られているのに暴言を吐く奴のことだね。なにそれ、ちょーカッコイいな。
ムクリと体を起こして周りを確認する。デリケートをどこかに落としてきた竜と一面の草原。
手に羽虫。
「……異常ないな」
「異常じゃない! 異常よね? 離してよ、この異常者! いくらあたしが可愛いからって毎回体を弄るのは良くないわ、良くないのよ。ねえ、よく考えて? これは犯罪よ、犯罪なの、つまり犯罪者なのよ!」
「ふっ、笑わしよる」
「なにがよ!?」
おっと、いかん。このまま羽虫のペースに乗れば暴走特急。下車不可能。道無き道を進まれる前に俺が導くとしよう。
自分が寝ていた辺りを見渡せば、ちゃんと落ちてる荷物袋。傷一つないとか、そろそろ俺の中でのランクが伝説のアイテムカテゴリーに入りそうだよ。ここにコアを入れている限り死なないんじゃないかな?
不思議な荷物袋<ミステリアス・ボックス>を手繰り寄せ中身を確認する。どうやら無事なようなので、買っておいたアイテムを取り出す。
「あんた聞いてるの? ねえ、聞きなさいよ。先輩のありがたい……なによそれ?」
ジャムとチョコレートだ。
狙い通り羽虫の興味を引いたようだ。甘い物が好きという発言をしていたので、ダンジョンでは手に入りにくいであろう加工物を買ってお土産に持ってきた。懐かしき品々だろうとは思ったが……お前チョロ過ぎない?
「なにかしら? 甘い匂いがするわ。初めて見るわね?」
なに言ってんだ?
「いや、お前がド貧乏だったとしても、瓶詰めのジャムとチョコレートぐらい見たことあるだろ?」
「貧乏じゃないわよ! バカなんじゃないの! 大体、人間の作った物なんて見たことあるわけないじゃない。興味もなかったし、近寄ったら危ないじゃない」
…………いや、人間のて。
「お前も人間だろ? ああ、元がつくとか、そういうやつ?」
「なに言ってるんですかー? バカなんじゃないんですかー? あたしはどこからどう見ても、ピクシーじゃないですかー。いくらあたしが麗しくて可愛いからって、同類だと思い込んで煮えたぎる劣情をぶつけようとしないで貰えますかー?」
……え? ん? …………とりあえずギュッとね。
「キャアアアアアアア!? ってなにすんのよ!」
「煮えたぎる劣情だ」
「死んじゃうじゃない!」
奇遇だね。俺もお前の配下に同じ想いを抱いたよ。
「おいバカ。脱線するんじゃないよ。今、重要っぽいこと言っただろ? 冗談だったとしても制裁は加えるから結果は変わらないとしてもだ」
「重要? …………待ってちょうだい。その後なんて言った?」
歴史の強制力ってやつだな。マジか。悪い奴だな歴史。
「お前の生き死により、人間じゃないってどういうことだ? ピクシーって体を改造したからなったんじゃないの? 頭の中まで改造しちゃったの?」
「あたしが思ってた百倍は人間って怖いのが分かりました。助けてください」
そうだね。人間って怖いよね。そんなことより。
「え、え? 待て待て。しっかりしろ、思い出せメンヘラ。いくら頭の中が元からファンタジーだったからって、地元のことまで忘れてねえだろ。俺もお前も日本人、オタクもヲタク、アーイエー?」
「ちょっと何言っちゃってるのかわっからないんだけど。イッちゃってるのはわかったわ」
日本人じゃないな。このノリが通じないとか地球人なのかも怪しい。
鏡で映したように同じ想いで見つめ合う俺と羽虫。両想い。これが恋ってやつなら共生なんて生まれないね。人類絶滅だぜ。
胡散臭い者を見る目でこちらを見ていた羽虫が、ハッと何か気づいたようとに表情を切り換える。
「ニホンって言ったわね? あんたチキュウ世界から来た奴なのね? そうなのね?」
チキュウ世界て。
「あー、そういえば黒髪黒目の奴がいたわね。何を勘違いしてるかしんないけどね、あたしは「ミドウィズ」から来たピクシーよ。なによ、同じ世界から来たダンジョンマスターを探してるの?」
…………待て待て待て。
「なんかその言い方だと、異世界っていっぱいあるみたいですね」
「あるわよ」
あるのか。
「……ちなみにそのダンジョンマスターって、どこに行けば会える?」
「さあ? わかんない。前の集会にはいなかったから、死んだんじゃない?」
「軽いな。その集会ってのはなんだ? お前、俺が初めてだって言ってなかったか?」
「言い方! もっと言い方考えて!」
全くもう! ほんとに全く! とプンスカ怒る羽虫を離して、土産に買ってきたジャムとチョコレートの瓶を開けてやる。
怒っているように見えた羽虫は、チョコレートの甘い匂いに釣られたのか、フラフラと瓶に近づく。
「……いい匂いね。えーと、集会は……集会ね。十年に一度、<彼方此方>っていうダンジョンに、この世界にいるダンジョンマスターが集まるのよ。それをあたし達は勝手に集会って呼んでるわ。ねえー、これ食べてみてもいいかしら?」
ダメだ。こいつに話を振ったら尽きることなく情報が発掘されてしまう。もうピンポイントに聞きたいことだけ聞くことにしよう。
「うわっ!? あまーい! すごくおいしい! これはあれね。果物に掛けるともっといいわね。取って来ましょう」
「待て」
顔面にチョコパックを施した自由羽虫を、どこそこに飛び出していこうとする前にキャッチ。
「なによ?」
もう掴まれるのに慣れてきたのか、羽虫が何事も無かったかのように首を傾げる。
「お前がチョコレートを塗りたくる部族の生まれなのは分かった。じゃあ元の世界に帰る方法って知ってる?」
もしくはハーレムの作り方でもいい。ちょっと俺の想像に近い異世界の行き方でもいいです。できれば両方で。
反対側に首をコテンと倒し返した羽虫が一言。
「そんなの無いわよ?」
ぶっちゃけ予想はしてたよね。




