さすらう10
……なるほどなあー。
「一層に大したやつはいねえ。旨みもあんまねえしな。俺らが目指すのは三層だ」
ハンスキンの説明に頷きを返しながらも周りをキョロキョロと見回す。
一面の花畑だった。
駅地下の階段のような階段を下った先には、白い花が一面に咲き誇っていた。
そう、一面にだ。
地下とは思えないほどの広大な空間がそこにはあり、明らかに下った行程以上の天井の高さに地平線すら見える花畑があった。
ていうか、地下に空があるよ。光源はまんま太陽である。早くなんとかしなきゃ案件だよ。
ダンマスはメンヘラ、メンヘラに違いない。腐っている方や病んでる方よりマシかもしれないが相手は現代のモンスターだ。気を引き締めていこう。
真顔で頷く俺に、何か勘違いしたハンスキンが苦笑しながら説明を入れてくる。
「驚くよな? まあ、ダンジョンに入ったことないんなら、最初は誰でも驚くわな。なんかな、ダンジョンってのはどこでもこうらしいぞ? まんま洞窟っぽいところもあれば、常に『夜』だったり水中だったり……まあ色々だな。ここは『常昼』で、ずーっと日が沈まねえんだと。俺らにとっちゃありがてえがな、明りぃし、見晴らしもいい。出てくるモンスターも大したこたない」
「ここのモンスターって何が出るんすか?」
蝶かな? 虫系?
「『スタンビー』だな」
ビー、ですか。いや待て。素タンビーの可能性がある。スタンダードタイプのタンビー種とかそんなん。
「ほら、あれだよ。そこらにいるだろ」
しかし俺の希望を打ち砕くようにハンスキンが花畑の地平を指差す。
ブブブブとノイズのような羽音を響かせスタンビーが寄ってくる。
「……デカいっすね」
「モンスターだからなあ」
万能の言い訳だよ。一言で解決だよ。
寄ってきたのは蜂タイプのモンスター、というかまんまデカくした蜂だ。赤ん坊ぐらいのサイズ。突き出した針がレイピアの先端並みにデカい。
「じゃ、お疲れ様でーす」
「待てって。一層でビビってどうすんだ」
むしろ一層でビビってるから帰りたいのですが?
蜂はダメだろ蜂は。奴ら群れでくるんだよ。蜂の巣にされちまうよ。むしろ穴の面積の方が広くなっちゃうよ。アナフィラキシーショックだ。多分合ってる。
通常の蜂並みの速さで向かってくるが、圧迫感がまるで違う。俺は、そっとハンスキンが前になる位置取りに移動した。
前衛と後衛の分担だね。連携だね。
「ったく。でえじょーぶだっつーのに」
呆れたように溜め息を吐き出したハンスキンが腰に刺さっていた短刀を逆手で抜くと、少し反りが入っているその短刀を何気なく振る。
一閃。
上下にたゆたうような不規則な動きの蜂とすれ違いながら短刀が交差した。
蜂の細い首が斬られ、頭は後ろに、体は感性が働いたのか俺の方に。針が体ごと突っ込んでくる。どこの組員だよ!
横っ飛びダイブ! 緊急回避はこう。
すかさず立ち上がった俺の動きに、ハンスキンも……呆れている。何故だね?
「はぁ……いくぞ」
「あれ? 俺の動きに賞賛がないのは万歩譲っていいとして、これ、解体しないんすか?」
短刀を鞘に納めたハンスキンにスタンビーの遺骸を指差して尋ねる。解体は冒険者の本質。猟奇的過ぎるな冒険者。
「言ったろ? 旨みがねえって」
「針とか毒袋とか魔石とか」
スタンってつくぐらいだから麻痺毒とか持ってんじゃないの?
「針なあ……恐ろしく加工しにくくて買取してくれるとこがねえ。あと、刺されると麻痺に掛かるんだが……こいつの体の中がスッカスカでな? 毒袋どころか魔石もねえんだ。本当かどうか知らんが、雷魔石を見つけたって奴もいるんだが……まあ、噂程度だわな。少なくとも俺は見たことねえ。……どうしても解体してほしいってんなら、バラしてやってもいいけどよ……」
……蜂って何かを刺すと死ぬんじゃなかったっけ? そして刺されると麻痺に掛かり、遺骸を解体しても見つからない魔石……なのに雷魔石があったという噂。
……ああ、ね。
「いや、いいっす」
「まあ、そりゃそうなるわなあ。賢い判断だと思うぞ? それでも新人の内は解体する奴がいくらでもいるからよお」
死んでる蜂をいくら解体しても無駄だろうなあ。生きたまま、それも解体中に死ななければって条件じゃなきゃ魔石は出まい。針が加工しにくいのも、そのあたりに原因があるように思える。いやらしいモンスターだな。得しないようにカスタマイズされてんじゃねえの? しかし雷魔石とやらが高ければやる価値はありそうな気もする……。
「出たって雷魔石は、どれぐらいなんっすかね?」
「あー……確か、小指の爪先ぐらいのデカさらしいからな、千から二千円ぐらいじゃねえか?」
「二層に行きますか」
「お、おう。……そ、そうだ! どうしてもってんなら、お前が持つって条件でなら蜂蜜取ってってもいいんだが……」
「……デカいんでしょ?」
「……デカいな」
オチが読めるわ。つーか蜂がこんだけデカいんだから分かるわ。
「……ハンスキンさん」
「……いや、俺もよ、パーティー組んでる奴らがたまに蜂蜜取ってるからよ、分かるんだがな? 今ならって……いい儲けになるぜ?」
「パーティーって何人単位ですか?」
「……十人ぐれえかなあ……」
無理にもほどがあるだろ。
「……お前頑丈だし、蜂の巣転がしゃなんとかなるんじゃねえの?」
被弾前提じゃねえか。前言撤回だよ。お前良い人でもなんでもねえよ。
冷たさで人が殺せそうな視線で悪人ハンスキンを眺めていたら、流石に思うところがあったのか、頭をボリボリ掻いて目を泳がせながら言いづらそうに口を開いた。
「……うちのがよ、甘いもんが好きでよ」
「二層に行きますか」
もはや微塵の可能性もないと思え。




