さすらう9
あのボイスオンリーな誘拐犯は言っていた。
『この誘いをする子って大抵ヲタクだから』
と。
つまりダンジョンマスターとは大体が日本のヲタクということですよね? このまま離婚調整中のオヤジの誘いに乗らば、同じ境遇の日本人を手に掛ける可能性もあると? 見くびらないで欲しいのだが、いくら生活に困窮しようと同じ被害にあった奴を相手どったりはしない。そうだ、相手は奇しくも日本人。言わば先輩。この不遇な状況を分かち合える数少ない隣人だ。神様は言いました。汝、隣人を愛せよと。ならば俺はその教えに従い不殺の信念を抱こうじゃないか。おろ? こんな殺伐とした世界だからこその信じる気持ちだ。日本にいる頃からノーと言える日本人を目指していた。そんなお金を積まれたくらいじゃ俺は頷いたりしない。断固ノーだ。この辛い世界で運命を切り開いてきた先達に凶刃を向けるわけにはいかない。そのためなら断れる。ノーマネーでフィニッシュだ。同行二人だ。御仏の心と共に。
「ほぅ……ここが、噂のダンジョンか」
「……なんでわざわざ俺の前に立つ」
渋い感じで呟く俺にハンスキンが後ろから声を掛けてくる。
ハンスキン達と初めてあった地点から街とは反対側に二時間ほど歩くと、森が見えてくる。
その森の真ん中には四角く切り取ったような地下への階段があり、そこがここ、ダンジョン『妖精の泉』だそうだ。
……仕方がない。仕方がなかったんだ。日給二万五千の前にはモラルも常識もホワイトアウトしてしまうんだ! しかも出来高制……先輩には長い休暇を取って貰おうかなぁと考えている。優しさをなくしてない俺に全米が泣きそうだよ。日本人? 他人やね。
そんなに重くない荷物袋を二つ抱えて、ハンスキンさんのポーターとしてここまでやってきた。森の中はそんなに深くなく、キャンプでも出来そうなくらい明るい。
実際にダンジョンの階段から少し離れて、何組かテントを張っている冒険者パーティーがいる。勿論見張りは立っているが。
ハンスキンと二人な理由は、元々ハンスキンはソロで冒険者活動をしているからだそうだ。この前一緒にいたバンの方は、他の四人組のパーティーに所属しているらしいのだが、アインを新しいメンバーとして迎えるにあたり、力量を見ようとダンジョンにアタックしようとしたとのこと。しかし他のパーティーメンバーの都合がつかず、今回は見送りにしようとしたところでアインと交流のあったハンスキンが丁度いいと声を掛けたそうだ。
「つまり、ぼっちだな」
「ソロと言え、ソロと! 大体ぼっちってなんだよ!」
「ハンスキンは、さびしんぼ」
「ぶっ殺すぞお前!?」
流れで、つい。
正確には一人ぼっちの略なんだが、まあいいや。こんなん間違って伝わったりせんだろ。
日が落ち掛けているが少し休んだらダンジョンに潜ると言われていたので、荷物を置いて腰を降ろす。
なんでもダンジョンには夜に潜った方がいいらしい。日がある内に寝て置いた方が明るいので見張りがし易いそうだ。
まあダンジョンとかどうせ真っ暗っぽいしね。夜の内に入って日が登ってから出た方がいいわな。警戒しやすい。
「ほれ、飲んどけ。緊張すんなよ」
「あ、ども」
手早くお茶を入れてくれたハンスキンが、二つあるカップの内の一つを渡してくる。
受け取ったカップは冷えていた。
「便利ですよねー」
「あ? なにがだ」
冷たい水で喉を潤しながら呟いた言葉にハンスキンが反応する。
「いや、これもそうなんですけど、コンロ……『定火炉』とか『精水口』とか」
蛇口ね。
「…………おめー、よっぽど田舎の村から来たんだな」
ハンスキンが胡散臭そうなジト目でこっちを見てくる。むしろ随分進んだ文明から来たよ!
正直、最初に魔法とか聞いた時はドキドキしたんだけどね……。生活に根ざし過ぎてて感動とか薄れちゃったよ。コンロとかほんとにコンロだよ。普通にボタンを押したら火がつくっていうね。火力調整可。
この世界独自の文化に魔法技術と呼ばれるものがある。この魔法技術の根幹を成すのが魔法式と呼ばれものだ。
この魔法式を魔法金属に特殊な方法で刻めば、魔力を流すだけで込められた魔法が発動する。
蛇口からは水が、コンロからは火が。
しかもこの魔法式、必要なのが魔力なので魔法に精通してなくても使えるっていうね。
魔石という電気の役割する石がある。よく聞く。それをセットすればオケ。魔力がなくても使用できるよ。勿論、本人の魔力を使っても大丈夫。
今、俺が手にしているコップにも魔法式が込められており、取ってに魔力を注げば冷めたくなるという。高価なコップは温めるか冷ますか選べるらしい。
ハンスキンの反応を見るに、普及率も高そうだ。いや、便利……便利だけどね?
俺、使えねー。
まず魔力を注ぐっていう感覚が分かんねえ。次いで魔力があるかも分かんねえ。中世って俺だけ中世かい。
いや、教育的に言えば全然中世だけどね? 四則暗算するだけでかなり重宝されるし。王都はともかく地方都市には学校とかないらしいからね。
つまり、後は魔力だけ。
「ふんっ!」
「……なにやってんだ?」
飲み終わったコップをガン見。
目覚めて、俺の能力!
「ぐぐぐっ」
「……ほんとになにやってんだ?」
思わずコップを両手で握る。
プルプルと震え始める手、これが魔力?
「はあ!」
「おいい!?」
粉々に砕け散るコップ。どや顔の俺。焦るハンスキン。
これが……俺の能力?
「なに握り潰してんだよ!? 日当から引いとくからな!」
ただの握力でした。
ちなみに魔法金属はプラスチックっぽいやつでとっても柔らかい。ミスリルとかで作れよ。
魔力を使用しようとすると砕ける金属という罠。どうやれば魔力って出るの?
「すいません。魔力を絞り出したくて」
「……ちょっとポーター頼んだの、早まった気がするぜ……」
腰を直角に曲げてきちんと謝っておいた。ほんとすまん。
コップは五千円だそうで、早くも上がりが二万に。
出来高を少しでもあげるために、雇い主を急かしてダンジョンに早めに入ることに。
「俺はいいけどよ。ちゃんと、あのあと仮眠とってきたんだろうな。大体明日の昼まで潜んだぞ?」
「任せろ」
夕方シフトから夜シフトに繋がるとかザラだったから。あれ、一日じゃね? とか思ってたから。
寝てなくても平気だろう。




