樹氷降誕
ウィザの見せ場です。また加筆するかもしれません
「ぉぃ……」
ピスの耳元から誰かの言葉が発せられていた。
「おい、ピス! 起きろ」
ようやく、はっきりと聞こえてくる。ソドの声だ。ピスは気を失っていたのでわからないが、実はソドはもう10回近くも同じようにピスに声をかけて起こそうとしていた。ちなみに体は揺り起こしていない。なぜかというと
「あぁ、おはようソド……ってなにこれ。僕たちこんな手足がっちり縛り上げられているの?」
そう、いまピスとソドは卒業演目が行われる演習場に来ることはできていたが、なぜか両手首足首が頑丈な荒縄で縛り上げられていたのだ。工作しにくいように手も前に組まれているのではなく体の後ろで縛られている徹底ぶりだ。
「ふっ……忘れちまったのか、ピス。俺たちは女神の逆鱗に触れちまったのさ」
「ソド、なんかカッコよく言ってるっぽいけど、要は僕たちがウィザを怒らせて、ウィザが戻ってくるまで何もできないように拘束されてるってことだろ」
「そういうこった」
ソドが遠い目をして自嘲気味に語る。ピスとソドは朝ウィザと一緒にこの演習場に向かったはいいものの、健全な男子2人は同級生のスリーサイズが街中に書かれてあるのを知ってしまった。そこでなんとかウィザの目を盗んで、夢にまで見たウィザのスリーサイズを知ろうと画策したのだが、カンのいいウィザはこの計画を魔法によって盗聴(なんでそんな魔法知ってるの)、怒りに触れてしまい気絶させられた上に縛られて今演習場にいるというわけだ。しかしどうやってウィザはここまで二人を運んできたのだろう。方法自体は浮遊魔法があるので簡単にできるが、今日はお祭りに近いぐらいの人の多さである。そんな中縛り上げられた男2人を魔法で浮かしながらここまで来たとすれば、相当不審に思われたはずだ。というかウィザ、最近周囲に素の性格をさらしてないか。いままではちゃんと周りにはおとなしい女の子として通してきたはずなのに
「僕たちいつまでこのままなの?」
「そりゃ、ウィザの機嫌が直るまでだろうよ。まぁでも、次にウィザがここに戻ってくるときには解除してくれるんじゃね?」
「ウィザどっかいってるの? トイレとか?」
「なわけあるか、アイツの演目朝のかなり早い方だって言ってたの忘れちまったのか」
「ああ、そういうことか。ということはもうそろそろ」
「そうだ。ちょうど次じゃないか?」
そういって演習場の中心に目を向けると、ちょうど委員長のファーフが演目を終わらせたところだった。観衆に向かってなんどもお辞儀をしている。周りにいる観衆もそれにこたえて盛大な拍手と歓声を上げていた。ただよくみるとピスとソドの周りには妙な距離が開いている。縛り上げられている2人は敢えてそこにはつっこまなかった。
ファーフがようやくお辞儀を終え、演習場から姿を消していく。すると場内の歓声が収まった頃合いを見計らって、拡声魔法でおおきくなったアナウンスが響きだす。
「お待たせしました! 続いてのタビ術練学校卒業生は今期の卒業生の中で1.2を争うエルフの秀才3人組の1角、学校の内外でも人気NO.1の座を総なめにする美少女、ルウィザ・アラーネの登場でございます!」
アナウンスの仰々しいセリフが発せられると、さっきまでの観衆の声よりも一段と大きな音が発せられた。それだけ彼女の人気と期待はすさまじいということだろう。耳を澄まして良く効いてみると「付き合ってくれ!」だの「結婚しよう!」といった野郎の願望が混じった声が聞こえてきていた。二人は周囲の野郎どもをにらみつけて黙らせていたが、いかんせん演習場は広くて、2人の射殺すような視線に気づくものはごく一部だった。
2人は諦めて視線を演習場の中央へと戻す。すると待ちかねていたウィザが姿を現した。見るとさっきまで来ていた普段着ではなく、正装をまとっているようだ。ネイビーのきらびやかなドレスを身にまとって彼女の鮮やかな緑の髪と、碧の眼によくあっていた。顔を遠くからなので正確にはわからないが、いつもよりも目鼻がハッキリとしていて肌も白くなっている。おそらく、化粧をしているのだろう。そう、普段と違う点はこれくらいなのだ。それなのに、会場の観衆は男はもちろん女性までみな驚いて一瞬言葉を失ってしまった。普段のウィザより一層大人びて綺麗に見えたのだ。
それは、いつも一緒にいるソドとピスにとっても同じだった。普段ですらかわいくその上美しいのに、それ以上美しくなることが可能なのだろうか。観衆に向かって優雅にドレスの裾をあげて礼をする姿はもはや、15歳の少女などではなく、立派な大人の女性としての雰囲気を醸し出していた。
一瞬の沈黙の後、会場はさっきの数倍の歓声があがる。ちなみにウィザはちゃんと演目のために短槍を持っている。ここでドレスと短槍がミスマッチなんて言ってはいけない。現実にはそんな姿の女性はいないだろうが、この世界ではちゃんと存在し、事実ウィザも驚くほど似合っていた。
観客に対する礼が終わると、ウィザは短槍を地面から垂直に立てる。手は胸の前あたりで槍を握って、体の力を抜いて魔法の発動準備をし始めた。直後、彼女の体からほのかに水色の光が漏れだす。
「なぁ、ピス。この魔法って……」
「あぁ、この色は氷魔法だ」
言ったそばから会場のどこかしこも冷気に包まれる。しかし決して触れたものを畏怖させるような殺意は込められていないことがわかる。するとウィザから漏れる光が一段と強く光った。会場が光であふれて一瞬視界が奪われた。
視界が元に戻ると、会場のいたるところに見慣れない蝶が飛んでいる。さっきの光と同じ水色で掌におさまるほどには小さい。しかし、数が尋常ではない。周りを見渡すとどの観客の周りにも1匹は必ずいるのだ。
「これがウィザの演目の魔法なのか?」
「あぁ、氷魔法で作った氷の蝶だよ。すごいな、動く生物を魔法で1匹作り出すだけでも大変なのに、ウィザこんなに作れるなんて」
周りを見渡すと、一匹一匹が違う動きをしている。目の周りを飛ぶ氷蝶、肩にとまる氷蝶、空に飛んでいく氷蝶もいれば、うなじから服の中に入って観客を驚かす氷蝶もいた。そんなめいめいの動きをする氷蝶が大量にいると演習場が別世界に見えてくるほど幻想的だった。氷の優しい世界。
「すごいな、ウィザこりゃ絶対優勝するぜ」
ソドが氷蝶に見とれながら言った。ピスもそれに同意して視線を氷蝶からウィザに戻すが、ふと違和感を覚えた
「あれ、ウィザの体からまだ魔法の光が漏れてる。」
「まだこの氷蝶の魔法が発動中だからじゃないのか?」
「いや、この光は発動前のものだ。もしかしてこの氷蝶すら前座なのか」
そう、ひとりピスがごちていると、氷蝶がだんだんと消えていく。それを見届けた観客は演目が終わって去っていくはずのウィザに目を向け、ピスたち同様の違和感を覚えた。
そのタイミングを見計らったのか、ウィザからさっきよりも強烈な光が発せられる。
今度は水色の閃光のなかに淡い碧の光も混じっていた。
視界が元に戻ると見えたのは、超が付くほど巨大な大木だった。世界樹ユグドラシルと形容しても差支えない。今ピスたちのいる演習場はてっぺんの席が地上から50mほどの高さなのだが、この大木はその2倍は優に高かった。幹は天まで伸び、枝は観客席の隅々まで届いていた。
「なぁピス、なんでこの大木こんなでっかいのに、葉っぱがないんだ?」
そう、ソドが当然の疑問を口にする。この大木には碧の葉がいちまいもなかった。
「それはこの後見ればわかるさ」
そうピスは何もかも知っているようなふうにソドに言った。
すると大木の枝からつぼみが伸びてくる。色は緑ではなく先ほどの氷蝶と同じく水色をしていた。同時に葉も枝の隅々までぐんぐんと生えてきた。これも透き通るような水色。氷のつぼみに氷の葉。それらが演習場を端から端まで覆って氷のドームを思わせた。
演習場の皆が魅入られてしまって感想の1つすら出していなかった。
時間が経つとやがてつぼみが花開いてクリスタルのような綺麗な光を放つ花となった。
この世には存在しえない植物。なぜならそれはウィザが作った氷と植物魔法を複雑に組み合わせた魔法だったから。けれども存在しないからこそ、この氷の樹はg幻想的なまでに美しかった。




