ロラン将軍と「放浪者」
改稿しました。フィロス先生と「風の放浪者」との関係性をもう少しだけ明確にしました。
翌日、ピスは昨日二人に話した計画を放課後にフィロス先生に伝えた。ピスが全力でやっても勝てないほどの強さといると、フィロス先生の頭に最初に浮かんだ人物はやはりこの国で最強の使い手と名高いロラン将軍だった。
「先生なんとか将軍と手合せ願う機会を作ってくださらないでしょうか」
ピスがいくらタビの術練学校で主席の優秀な学生でも、まだまだ子供の部類だ。権力や人を動かす力はまだ全くなく、こうやって先生や他の大人を頼るしかないのだ。この辺りは、現実の未成年と全く同じと言えるだろう。
「全く、君たちはほんとに無茶ばかりするなぁ」
フィロス先生は、毎度毎度この3人組には手を焼かされてきた。3人とも術練学校の成績は最上位に入ってるにも関わらずだ。今回の申し出にも先生は驚かされた。1学生がこの国最強の人物と手合せしたい、それも晴れ舞台であるはずの卒業演目という場でだ。フィロス先生は苦笑しつつ、答える。
「ピス、君には申し訳ないけどこれを承諾することはできない。」
想定の範囲内。ピスは予めそう返されることは予期していた。いくら卒業演目の規定要綱に教師は生徒の要望に応えなければならないと書かれていても、この話の人物は雲の上の人だ。だが、ピスもここで引き下がるわけにはいかず、必死に食い下がった。
「でも、例え多忙な方でも少しくらいなら時間も取れるはずです」
しかしフィロス先生は首を縦に振らなかった。言葉を選ぶため、ピスにちゃんと納得してもらうためゆっくりと話を始めた。
この世界で彼の名を知らぬものはいない。若いころから数々の大規模な大会に優勝し鳴り物入りで王国軍に入った。ふつうなら1つずつ小隊長や中隊長といった軍の中の地位をあげていき、数十年かけて将軍の座まで上り詰めるものだ。いや、そもそも将軍などという地位にたどり着けるものなどこの世界では1握りしかいない。それを彼は昇進のたびに階級を2段飛ばしで上がっていき、齢30という驚くべき速さで将軍になった。
この出世にはある逸話がある。この国では新年が明けた後の数日間で御前試合が行われる。これには階級の垣根を越えすべての兵士が総当たりで試合を行い日頃の鍛錬の成果を示す。これによって将軍であろうと日頃の鍛錬を怠ることはできなくなり、地位の高いものが低いものに負けようものなら、その後の出世に大きくかかわってしまう。逆もまたしかりで、この時ロランはまだ新兵でなんの地位もなかった。最初の相手はなんと当時の将軍であったリヴという御仁だった。リヴ将軍も当時は「西にかの人あり」と言われるほど武に優れた人だった。
軍ではロランのうわさはかねがね聞くがどうせ大したことはない、功績をはなにかけているようならリヴ将軍にその鼻っ柱をへし折っていただこうという風潮が立っていた。むろん、今にして思えば若い才人に対する嫉妬である。
試合は軍の中でも、また世間一般からも大きな注目を集めていたがそれに反比例するかのようにことは一瞬で終わってしまった。10太刀も剣を交錯させることなくロランはリヴをねじ伏せてしまっていた。あっけにとられる軍と民衆の中ロランは淡々とその場をあとにして次の試合に臨んだという。
その後の試合にももちろんすべて勝ち抜き、それは現在に至るまでも変わらない。齢45、今でもロランは体が衰えるなどということはなく将軍になってからの15年間数々の功績をあげた。1000年前の勇者の再来とまで讃えられる将軍は、今も武力と平和の象徴として自身が動かなくとも各地に存在感をはなっている。
「将軍は、確かに強いさ。おそらくピス、今の君よりも強いだろう。だがしかし彼は平和の要だ。一週間ほど前に君たちは習ったろう。1000年前、人間を代表として魔王討伐に立ち上がり、勇者一向が魔都ゴランにまで攻め入り、魔界も含めて世界を平定したこと。今でこそ魔王種と呼ばれる魔族の長たちはおとなしいが、それは王国軍が魔界で目を光らせているからおとなしく従っているだけ、というのが正しい。ロラン将軍のような名の知れる方が魔界からほんのひと時でも離れてしまったらどうなるか賢い君ならよくわかるだろう」
フィロス先生に人気があるのはこういったことからもわかる。先生は決して物事をごまかしたりしない。学生にも嘘や方便を用いることなくできない理由や自分が起こられる理由をしっかりと説明してくれる。物理的に不可能なことを論理的にわかりやすく説いてくれる。ピスはこれを聞いて反論することはできなかった。
「ピス、確かに卒業演目の規則の項には教師は生徒の演目のために可能な限り、協力しなければならないと書いてある。でもね、1人の生徒と世界の平和を天秤にかけることはできないんだ」
「……わかりました。相談に乗っていただきありがとうございます。別の演目を考えてみることにします」
するとさっきまで真剣な顔で理由を説いていたフィロス先生が、すこしだけイタズラ好きな子供のように、顔をニヤリと歪ませる。
「おや、君は試合を諦めるというのかい?」
「だって先生が今おっしゃったじゃないですか。ロラン将軍に協力を仰ぐことはできないって」
「私はね、ピス、ロラン将軍のような今この瞬間も世界のために働いている人を呼び寄せることはできないといったんだよ」
よく意味が分からないという風にピスが首をかしげる。ロラン将軍のような人物がダメなら高位の腕の立つ人物はことごとくダメなはず。いくら少し階級をおとしても軍の関係者は無理なはずだ。他に腕の立つもの、それこそ各地の大会に出ているような者を探そうとしてもピスにはもちろん、フィロス先生にだって伝手はないはずだ
「それってどういう……」
「つまりだ、今なにも働いていない武の達人を呼べばいい。たとえば「風の放浪者」とかね」
ここでフィロス先生は顔を大きくほころばしたが、ピスからすれば何を言っているのかわからない状態だった。
「風の放浪者」、ピスは聞いたことあった。その名はシルフィード。太古の昔、1000年前の魔王討伐よりもはるか昔から存在していたという伝説の精霊だ。四大精霊の一角であり世界中を巡り続けているといわれる。その姿は普段見ることは叶わず、見えたとしても風が渦を巻いたように一瞬で消えていなくなるという。だから「風の放浪者」。もはや存在すら疑問視されているのに、なぜフィロス先生はその名を口にしたのだろうか。そう思ってピスの中にある一つの驚くべき答えが浮かんだ。
もしかして先生はシルフィードと知り合いなのだろうか。
「先生、それってある意味ロラン将軍を呼ぶことよりも難しいような……」
「そんなことはないさ。ロラン将軍は政治的に絶対に呼べないがシルフィードなら可能性はどんなに僅かでも存在する。ほら、確率は0よりは高いだろう?」
「でもいったいどうやって? まさか、先生は伝説のシルフィードと知り合いなんですか?」
「まぁ、そういうことになるね」
先生は微笑だけでこの事実を流そうとしたが、ピスはただただ驚くばかりだった。ピスが聞いた限りではこの10年間は公式にシルフィードを目撃したいう情報はなかった。たしか最後に目撃されたのは16年前の王国の辺境でだったはずだ。
「先生、それって世紀の大発見になるのでは……」
「そんなことないさ。たまたま私は前に彼らに出会って意気投合しただけさ。そのあと私は、彼らから集合の目印となるものを教えてもらったわけさ」
「それってどういう……」
さっきからピスはこればっかりだが、仕方がない。フィロス先生の話は初めて聞いた話ばかりだったからだ。
「それは当日になればわかるさ。それよりも君には当日にやってもらわなければならないことがある。シルフィード、彼は気まぐれでなおかつ人見知りだからね。おそらく私が彼を呼んだだけだと、人の多い演習場に姿を現さないかもしれない。そこで私が彼を読んだ後、君自身が彼と会って演習場まで連れて行ってほしいんだ」
「……それはいいんですけど、わざわざ先生がそういうことをおっしゃるってことは」
「そこは心配しないでくれ。当日私が責任を持って彼を闘技場に連れてくるから」
まさか、四大精霊という偉大な存在を呼び寄せる方法があんなものだったなんて後にピスをはじめ、ソド、ウィザは唖然とするが今はその方法を聞かなかった。それよりもいくら博識で仁徳のある先生でもそんな術をもっていることで先生自体に興味がわいてしまったからである。
「先生、もしかして実は昔、宮廷魔法使いとかやっていたんじゃ……」
「そんなことないさ。ただ若いときに旅をしていたらシルフィードをはじめ四大精霊とたまたま知り合うことができたというだけさ」
フィロス先生はなんでもないことのように言っていたが、これを聞いたら街の人たちは卒倒するだろう。そんなとんでもない話が先生の口から飛び出してきたのである。
「彼だったら、間違いなく君よりも強いだろう。たとえ君が魔術と剣術を複合して使う本来の型であってもだ。これなら君の望む絶対に勝てない相手と戦うという目的が達せられるだろう。それにこれを経験すれば今後の「癖」の克服に役立つかもしれない」
己の全力を出し切り、制御の糸口をつかむ。これこそがピスの卒業演目を行う目的だった。




