プロローグ:薄雲の碁盤
赤坂の場末へ行く坂道は、晴れていてもどこか湿っぽい陰が残る。日清戦争のあと、町には電燈が増え、表通りには洋服姿も目立つようになったが、裏路地の煤けた板塀や、雨戸の反りかえった町家は、そう易々とは新しい光になじまない。
僕が半七老人の家へ着いたのは、昼を少し過ぎた頃である。格子戸の内から、炭の匂いがふっと洩れて来て、老婢が「先生、お見えで」と奥へ声をかけた。黒猫がひとつ、縁側の端で丸くなっていたのが、僕の足音に目だけを動かして、また眠りへ落ちる。
そこへ老人が、外套の裾を払うようにして上がって来た。頬が少し赤い。寒気に当たったというより、どこか人の中へ交じって来た顔つきである。
「先生。ちょうど今、帰ったところです」
老人は笑いながら火鉢の前へ坐り、手をかざした。僕が「どちらへ」と訊くと、老人は首をすこしすくめて見せる。
「碁会所ですよ。近所に出来たもので……。まあ、わたしなんぞは、いわゆる髪結床将棋の仲間ですからね」
髪結床将棋というのは、髪結いの店先や床の間で、将棋盤を挟んで勝った負けたと騒ぐ、あの気軽な遊びのことである。つまり、碁そのものに命を懸けるのではなく、暇つぶしと口の慰めに打つ程度、という意味になる。
「先生は碁がお好きですか」
「僕は駄目です。石の形も、筋も、さっぱり分からない」
「分からない方が仕合わせかも知れません。分かり出すと、今度は分からせたくなる。人間、ろくなことを覚えません」
そう言いながらも、老人の声には、嫌っている者の調子はない。廃業して久しい身で、いまは養子の店の世話も人に任せ、日がな一日を昔の暦のままに暮らしている。外へ出る口実が要るのだろう。けれど、その口実の裏には、老人なりの「世間」の匂いがある。碁会所には、職人も、番頭も、隠居もいる。口の端に古い噂が引っかかって、ふと昔の糸を手繰らせることもあるに違いない。
茶が出て、煎餅が出て、猫が炭の暖かさに誘われるように火鉢へ寄って来ると、老人は思い出したように言った。
「碁や将棋の話が出ますとね、先生。寺の話になるんです。下谷坂本の養玉院という寺を、ご存じですか」
「養玉院……。葬式で一度行った気がします。豊住町のあたりでしたか」
「そうそう。豊住町という町名は明治になってからで、昔は御切手町と申しました。もっとも、土地の者は大抵、下谷坂本と呼んでいましたがね。寺の本名は金光山大覚寺――宗対馬守の息女の法名が養玉院で、それがそのまま寺の呼び名になりました」
老人は、こういう説明をする時、いかにも楽しそうである。明治の町名の札が貼られても、老人の頭の中では、通りの曲がり角ごとに江戸の呼び名が立っている。
「その養玉院に、高尾の碁盤と将棋盤が残っているのを、先生はご存じありませんか」
「聞いたことがありません」
「吉原の三浦屋が、あの寺の檀家でしてね。その縁で納めたという話です。高尾と申しても初代だ二代だ、確かなことは分かりませんが、いずれにせよ古い物で、わたしも一度だけ見ました。碁盤というのは、ただ石を置く板ではありません。榧の木地の肌、角の立ち具合、板の厚み、裏の臍の彫り――見れば見るほど、持ち主の癖が出る」
そこまで言って、老人は煙管を膝に置いた。
「……その碁盤で思い出しました。高尾の碁盤とは別に、薄雲の碁盤というのがありました」
「薄雲も、吉原の名ですか」
「ええ。昔から、高尾と薄雲は吉原の代表みたいに言われます。どちらも京町の三浦屋の抱妓で――薄雲は玉という猫を飼っていました。その猫が、ある日、床の間へ飛び上がったはずみに碁盤へ爪を立てて、横手の金蒔絵へ小さな疵をつけた。大した疵じゃないのですが、あとが残っている。だからこそ、話が付くんです」
老人は、そこで煙管を膝に置いた。火鉢の炭がぱちりと鳴り、猫が耳だけを動かした。
「先生。玉という猫の話には、もう一つ、物騒なのが付いているんです。あれはただ可愛いだけの飼い猫じゃありませんでね。
ある日、薄雲が二階を降りて風呂場へ行こうとすると、玉があとから付いて来て離れない。叱っても追い返せない。ふだんと違って、すさまじい形相で唸りながら、どうしても薄雲のあとへついて来ようとする。店の主人も奉公人も寄って引きはがすんですが、猫はどうしても離れない。
こうなると、気でも狂ったか、薄雲に魅せられたのだろうということで、三浦屋の主人が脇差を持ち出して、その細首を打ち落とした。ところが、その首が風呂場へ飛び込んだ。見ると、竹窓の隙から一匹の大蛇が這い降りようとしている。猫の首がその喉へ啖いついたので、蛇も堪まらずどさりと落ちた――そういう次第です。
その頃の吉原のまわりは、まだ田圃や草原が多くてね、どこからかそんなものが紛れ込むこともあったんでしょう。玉はそれを知って、主人を守ろうとした。そう分かった時には、もう遅い。薄雲も店の者も、猫の忠義をあわれんで、死骸を近所の寺へ送って厚く弔った。――その時に、例の碁盤もいっしょに添えて、寺へ納めたというんです」
老人は一息ついて、火鉢の灰の上へ目を落とした。
「ところが、それから百年ほど経って、明和五年四月六日の大火で、吉原は廓内が焼け、近所もずいぶん焼けました。猫を葬った寺も焼けて、再建もしなかった。寺の名もはっきりしない。けれど不思議なことに、碁盤だけは焼け残って、あちこち物好きの手を渡った末に、深川六間堀の柘榴伊勢屋という質屋の庫へ納まっていたんです」
「その伊勢屋というのは、暖簾に柘榴を染め抜いてあるので、そう呼ばれた。……先生。質屋の庫に鼠が出ない、なんて噂を聞いたことはありませんか」
「そんな話は初耳です」
「碁盤に猫の爪の跡がある。魂も残っている。だから鼠が近寄らない――昔はそういう因縁話が、品物にまといつきました。もっとも、因縁がまといつく品は、えてして人の心にもまといつく。そういう品が、ある日ふと、血の匂いを呼ぶことがある」
老人はそこで息をついた。老婢が湯を足し、茶の香がふくらむ。表の路地から、豆腐売りの声が遠くかすれて聞こえた。
「文久三年十一月のことです。幕末で、世間がざわざわしていた頃で……。押込みも辻斬りも放火も、流行りものみたいに出ました。そんな朝、本所竪川通りの二つ目の橋――旗本小栗昌之助の屋敷の表門前へ、若い女の生首が晒してあった」
僕は思わず手帳を開いた。老人はそれを見て、苦笑する。
「先生、ここから先は、どうしたって書き留めたくなるでしょう。……その首が、碁盤の上に乗っていたんです。ええ、碁盤の上に」
僕は、炭のはぜる音の中で、薄雲という名と、猫の爪跡と、碁盤の冷たい木肌とを、ひとつに重ねて想像していた。老人は、もう一度だけ猫を見やってから、静かに話をつづけようとした。




