プロローグ:藤の花と縛られ地蔵
日清戦争が済んで、街の顔つきまでが少し変わったころである。赤坂の場末へ行くと、昼でもどこか薄暗い。新しい電燈の光が、古い格子や土塀に吸われてしまうせいかも知れない。
僕が半七老人の家へ入ると、老婢が番茶を運んで来て、黒猫が膝のあたりへ鼻先を寄せた。老人は縁側に坐って、いつものように小さく笑いながら、いきなり僕へ訊いた。
「先生に伺ったら判るだろうと思うんですが、几董という俳諧師は、どんな人でございますか」
その時代は、ホトトギス一派をはじめ、新しい俳句がはやり出したころで、僕も新聞社の仕事がら、少しはそれを覗いていた。几董と訊かれて、僕はすぐに答えた。蕪村の高弟で、夜半亭を継いだ俳人であること、句集にも名の出る人物であること。
老人はうなずいて、懐から短冊の話を持ち出した。
「このあいだ、どこかの書画屋が持って来ましてね。わたしは俳諧なんぞはからきし駄目ですが、その短冊の一句だけは、妙に頭に残りました。――ええと、誰が願ぞ地蔵縛りし藤の花……。そんな句がございますか」
「あります。几董の句です。藤の花がきれいなぶん、縛られている地蔵の気の毒さが、よけいに立ちますね」
「そうでしょう」と老人は、茶碗を両手で包むようにして笑った。「藤づるで縛るなんぞは、まず無い。荒縄で幾重にもきつく引っくくるんで、地蔵さまもたまらない。願が叶えば縄を解くという理屈ですが、願が多い地蔵さまは、年がら年じゅう縛られていなければならない。仏の利生方便と申しますが、ありがたいようで、気の毒なようでね」
「どの地蔵でも縛っていいわけじゃないんですか」
「むやみにやったら罰が当たります。縛られる地蔵は、縛られ地蔵に限っているんです。江戸でも二、三ありましたが、世間に知られていたのは小石川の茗荷谷、林泉寺の門の外の地蔵堂で――」
老人はそこまで言って、薄く目をつむった。思い出の扉を、内側から押し開ける癖がある。僕は懐中の手帳を膝へ置いた。すると老人は、すぐ目をあけて言った。
「先生は気が早い。もう閻魔帳を出しましたな。先生に逢うと、こっちが縛られ地蔵になってしまいそうで……あははは」
だが、その笑いが引くと、声の調子が静かに落ちる。藤の花の一句が、老人を江戸へ連れ戻したのだ。
「林泉寺の縛られ地蔵は、石が磨り減って、お顔もよく見えなくなるほどでした。門前も栄えて、あのあたりは賑やかなものだった。ところが、それから遠くない第六天町に、高源寺という浄土の寺がありましてね。高源寺か高厳寺か、年寄りのことですから曖昧ですが、まあ高源寺としてお聞きなさい」
老人は、指先で畳を撫でるようにしながら続けた。
「その高源寺の門前にも、縛られ地蔵が出ました。林泉寺よりずっと新しい。なんでも安政の大地震のあとに出来たそうで、住職の夢枕に地蔵尊があらわれて、墓地の大銀杏の根を掘れ――とお告げがあった。掘ったら三尺あまりの石地蔵が出た、縛って祈れば諸願成就、という話です。嘘か本当か、昔はああいう話がよく転がっていた」
江戸では、はやり神、はやり仏というものがある。老人はその人情を、いかにも江戸の言い回しで説明した。新しいものへ人が寄る。線香も賽銭も集まる。だが三、四年もすると、足はまた本家の茗荷谷へ戻って行く。そのころの高源寺の縛られ地蔵も、いったん寂れてしまった。
「――これからのお話は、安政六年七月以後だと承知して下さい」
老人はそう言って、少し間を置いた。番茶の湯気が消え、庭の植木の影が、夕方の光に細く伸びている。
「前年の安政五年は、大コロリで江戸じゅうが火の消えたようでした。だから翌年の夏は、また来るんじゃないかと、誰も彼もびくびくしていた。六月の末から、吐くやら瀉すやらで死ぬ者が出はじめて、去年ほどの大流行ではないが、噂は噂を呼ぶ。そういう最中に、不思議な噂が立ちました。高源寺の縛られ地蔵が――踊るというんです」
「地蔵が……踊る?」
僕が思わず声を返すと、老人は首を横に振った。
「笑っちゃいけません。そこが古今の違いです。石の地蔵が、手を叩いて踊り出すわけじゃない。右へ寄ったり、左へ寄ったり、前へ屈んだり、後へ反ったり――がたがた揺れて、踊っているように見える。見た見ぬの言い合いも、その夜からは「見た」が勝ちで、翌朝には町内の半分が目撃談を持っていた。
しかも昼間じゃない。日が暮れるころから始まる。おまけに、これを見た者は今年のコロリに取り憑かれない、と誰かが言い出した」
夕涼みがてら、山の手からも下町からも、参詣が押し寄せる。香の煙と汗の匂い、子どもの泣き声、物売りの声。氷水の桶を叩く音や、団扇を売る香具師の口上までが混じって、寺の門前はいつしか縁日のようになった。
老人は、群れのざわめきを、いま目の前で聞いているように語った。
「役人も一度は見に来ました。「お上も拝んだ」と早合点する者が出て、噂の足がいよいよ速くなった。
なるほど、跡方もないことでもない。
けれど妖言妄説の取締りがうるさい時節で、黙っていていいのか悪いのか――そんなことを言っているうちに、八月になって、大風雨が二度も来た。十三日の夕方にやっと止んで、十四日はからりと晴れて、急に涼しくなりました。日が暮れると、例のとおり高源寺は参詣でいっぱいです。
ところが――」
老人は、そこで声を細くした。
「その晩に限って、地蔵さまは身動きもしない。待てど暮らせど踊り出さない。四つ時(午後十時)ごろまで粘っても、冷たい顔で、びくとも動かない。翌晩は月見で、参詣も少ない。それから十六、十七、十八、十九……四日つづけて踊らない。噂はしぼんで、門前はまた寂しくなりました。すると、八月二十四日の朝――」
老人の視線が、僕の手帳の上へ落ちた。
「小石川の御箪笥町に屋敷を持つ旗本、今井善吉郎の中間で武助という男が、用があって夕方、高源寺門前を通りかかった。何心なく地蔵堂をのぞくと、薄暗いなかに人の形が見える。近寄って見たら――ひとりの女が、荒縄で厳重に縛られていたんです。縛られ地蔵に――女が縛られている」
僕は、指先が冷えるのを感じた。藤の花の短冊から始まった話が、いつの間にか、縄の肌ざわりまで持って目の前へ迫って来ている。
老人は、いつものように一度だけ咳払いをした。
「しかもその娘は、どうももう死んでいるらしい――さあ、先生。ここから先が、やっと厄介になります」




