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プロローグ:夜叉神堂

 まだ梅の匂いが町の底に残っている頃であった。赤坂の場末へ行く坂道は、昼でも日があたらず、風がひどく乾いている。僕は新聞社の帰りに、そのまま老人の家へ廻った。門口の格子の内から、煤けた行燈の明りがほのかに洩れている。戸をあけると、猫が一匹、畳の端をすべるように歩いて、火鉢のうしろへ消えた。

「先生、よくおいで下さいました。今日は風がきつい。火にあたって下さい」

 半七老人は、いつものように小さな長火鉢の前に坐って、番茶の急須をあたためていた。白い髭に、つやのない顔色であるのに、眼だけは若い者よりもよく動く。僕が外套をぬぎながら、どこぞの寺の縁日の話をすると、老人は口の端をすこし上げた。

「縁日や祭礼は、今でも賑わいますがね。昔は、ああいうところに、もっと人を呼ぶ仕掛けがありました。開帳なんぞになると、造り物が出たもので――まるで芝居の大道具みたいに、見物人の目をさらって行くんです」

 造り物、と老人は云った。紙細工、木細工、あるいは金物を使って、人の目を驚かすようなものを拵えて、寺の境内や門前に据える。奉納だから木戸銭は取らぬものもあるが、見世物のように銭を取るものもある。信心だけで人が集まるとは限らぬ、というのが老人の言い方であった。

「もっとも――」と、老人は急に声をやわらげた。「これからお話する一件は、わたしが手を出した事件じゃありません。人から聞いた話を、先生に請け売りするだけです。細かいところは、聞き違いがあるかも知れません。そこは堪忍して下さい」

 老人はそう前置きをして、昔の暦を指で折った。文化九年、申年の三月三日から、渋谷の長谷寺で京都の清水観音の出開帳があったという。

「今は麻布の笄町なんて地名で呼びますが、あれは明治になってからの名でね。江戸の頃は、あの辺一帯を笄と云って、切絵図でも渋谷の部に入っております。だから、ここでは渋谷として話します。麻布だろう渋谷だろうと、地面は逃げませんが、言い間違いだと怒られちゃあ損ですから」

 清水観音――と云えば、当時でも京の名所の筆頭である。江戸の者にとっては、旅の話の中にしか出て来ぬ観音さまが、春の桜どきに郊外まで来た。長谷寺も古い寺で、境内の松や杉の影が深い。参詣が押しかけたのは当然で、その上、造り物がいろいろ出た。

「中でも評判だったのが、兜でした。五尺あまりの大きな兜を、小銭を組んで拵えたんです。鉢も錣も、じつに手が込んでいる。近ごろの先生方は銭の形も見ないでしょうが、あれを細かく合わせて、ああいう姿にするのは、並の職人じゃ出来ません」

 銭だけでは黒ずんで冴えないので、前立てや吹き返しには金銀の飾りを混ぜた。金は慶長小判、銀は二朱銀――つまり、見世の金物ではなく、まるまる本物である。

「春の日にきらきら光るものですからね。見物は目がくらむ。小判が一枚でも手に入れば、と涎を垂らして覗く奴もいたでしょう。人間の腹の底ってものは、昔も今も、そう変りゃしません」

 ところが、評判が高くなると、寺社方の役人が検分に来た。天下通用の貨幣を、細工に用いるのはやかましい。鋳潰して別のものにすれば重罪になるが、兜は銭を組んだだけだから咎め立ては出来ぬ。ただし、金銀を混ぜるのは穏やかでない。慶長小判と二朱銀だけは外せ、と申し渡された。

 奉納したのは江戸の講中ではなく、京都の講中である。前年、大阪の西宮での開帳で、金銀や銭を使った造り物が評判になったので、それを真似て江戸へ持ち込んだ。西宮では差し止めもなかったから、今度も大丈夫だろうと高を括っていたところへ、この沙汰である。

「困るのは修繕です。金銀を外せば、穴があく。そこを銭で埋めなきゃあならない。京都の細工なら京都で何とかなるが、江戸に、そんな芸をする職人がいるかどうか――これが問題になった」

 役人へ三日の猶予を願い出て、ようやく聞き届けられたのが三月十一日の夕方。講中の世話役は寺に泊まる者もあり、近所の宿へ帰る者もあり、昼間の喧噪が嘘のように、春の宵は静かに更けていった。

「ところが先生、夜が明けてみると――兜の前立てに並んでいた小判五枚と二朱銀五枚が、影も形も無くなっていた」

 老人はそこで、いちど息をついた。番人をつけなかったのか、夜中は仕舞い込めばよかったのに――そう云う者が今なら必ず出る。しかし当時は、開帳の奉納物に手を出すような外道はあるまい、と油断があった。寺男が夜中に幾度か見廻ったというが、年寄りの寺男である。眠りが勝ったのか、横着をしたのか、そこは確かではない。

 盗まれたのが小判五枚となれば、相場でも五十両ほどになる。十両以上で首が飛ぶ時代に五十両の盗賊である。寺社方は「だから不用心だ」と叱りつけ、叱られながら兜は取り片付けられた。だが、叱って済む話でもない。町方へ通達が回り、詮議を頼むことになった。

「八丁堀の同心が、麻布の御用聞きを呼びました。竜土の兼松という、腕の立つ男です。渋谷は町方の外れですが、こういう時は江戸の者が踏み込むほかない。――ここから先が、夜叉神堂の一件になるんです」

 半七老人は、火鉢の灰を箸でならしながら、僕の顔を見た。猫が、どこからか戻って来て、老人の膝に前足を乗せた。明治の赤坂の夜は、まだ浅い。けれども、老人の言葉だけが、こちらを文化九年の渋谷へ連れてゆく。

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