エピローグ:月やあらぬ
半七老人の話がそこまで来ると、僕は思わず身を乗り出した。赤坂の隠居所の火鉢には、白い灰の上で炭が静かに赤く、猫がその温みを盗むように丸くなっている。
僕は、帳面を閉じかけてから、ふと思い出したように言った。
「ひょっとすると――狐が馬に乗って逃げた、なんて落ちじゃありませんか」
自分でも子供じみた冗談だと思ったが、老人は眉をしかめるでもなく、むしろ煙草盆の灰をならしてから、静かに笑った。
「おころさんを殺したのは、お千という女――それはわかりました。ですがそれだと、肝心の馬は……」
僕がもう一度訊くと、老人は苦笑して、徳利の口を指で押さえました。
「先生、そこが面白いところです。狐の一件と、馬の一件とは、別々の筋でしてね。続けて出たものだから、ひとつの怪談みたいに絡まって見えるんですけれど、当人たちは互いに何の係り合いもございません」
老人は、文久の頃の自分――三河町の親分が、幸次郎の張り込みで「平さん」を挙げた顛末を語った。平さんの正体は平吉という男で、本郷片町の旗本、神原内蔵之助の屋敷の馬丁だった。苦にがみ走った小粋な男で、賭場で蟹のお角と馴染みになり、入りびたりになっていた。
団子坂の騒ぎの日、空地に西洋馬三匹と日本馬二匹が繋がれているのを見て、どさくさに紛れて西洋馬を一匹、牽き出した。主人の神原は馬術好きで、西洋馬や西洋鞍に憧れていたから、叱って返させるどころか、つい厩につないで置いた。屋敷の馬場で乗り回すだけなら露顕せぬ、と高を括ったのである。
「悪いことは、出来ませんでね」
老人は淡々と云う。お角もまた、平吉に唆されるようにして日本馬を一匹牽いて行ったが、こちらは厄介になって捨て値で処分され、皮を剥がれてしまった。露顕のきっかけは、お角の相棒の長蔵――妬みから、べらべら喋ったことだったという。
「町方が旗本屋敷へ表向きに踏み込めば、事がこじれます。そこで町奉行所から内々に注意して、平吉に暇を出させ、門の外で幸次郎が御用にした。西洋馬は夕方、裏門からそっと牽き出して、元の空地へ放しておいてね。『どこからか迷って戻った馬を押さえた』という形にして、異国の方へ返したんです」
僕は、なるほどと思った。世間の体面という幕が一枚、そこで下ろされる。
「神原内蔵之助という人は、わたしが知る限り、悪い人ではなかった。馬が好きで、西洋の拵えに憧れて……そういう“好き”が、時に人の足をすくう。でもまあ、いい人だったんですよ……
けれど先生、あの人も世の中の荒波には抗えませんでね。維新の騒ぎのあと、北へ走って箱館まで行き、五稜郭の籠城で討たれたと聞きました。馬の盗みひとつが、人の一生と無縁でない――わたしは、そういうことを時々思いますよ」
「それで……平吉は、おころさんの息子だったんですか」
「おころのせがれでした。けれど、狐の筋とは別です。おころは狐を盗んで逃げ、平吉は馬を盗んで攫われる。……因果と云うほどのものでもありませんが、世の中ってのは、そういう具合に綱が絡むことがあるんです」
老人は盃を口へ運び、ふっと笑った。
「管狐が本当にいたかどうか、わたしにも判りません。お千は遠島で落着きましたが、女牢でも『狐が迎えに来る』なんぞと云って、相牢を怖がらせたそうです。島へ行ってからの話は聞きません」
そして、団子坂の菊人形が明治になってますます繁昌し、見物人が異人という言葉さえ忘れて歩くようになったことを、老人は少し寂しそうに云った。
「先生、菊細工の噂を聞くたびに、あの草ッ原の冷えた匂いと、血の色と、犬の声が思い出されます。……月やあらぬ、春やむかしの春ならぬ、って古歌がございますね。わたしも、あれを思い出しますよ」
老人はそこでいったん黙った。電燈の白い光が、障子の桟をくっきり浮かせる。江戸の闇は、行燈の油の匂いといっしょに、人の話を濃くした。だが明治の光は、便利であるかわりに、物語の影を薄くする。――そんなことを考えたのは、僕が新聞屋の癖で“見えるもの”に囚われ過ぎているからかもしれない。
僕は帳面を閉じた。電燈の明るさの下で、江戸の闇を語る老人の横顔が、ふと遠い月明かりのように見えた。




