エピローグ:欲の幽霊
半七老人の話が、親父橋の柳のかげへ行き着いたところで、僕はようやく息をついた。赤坂の場末の小さな家は、宵の風がよく通る。表の通りから外れた路地で、遠くの人力車の鈴が、かすかに鳴った。縁側の端に猫が丸くなり、尾の先だけが、ゆっくり揺れている。
老人は火鉢の灰を箸でならしながら、いつもの癖で「前置きが長うございました」と言い、しかし顔は少しも詫びていない。話すことが、好きなのである。
「先生、これで筋はお判りになったでしょう」
僕が頷くと、老人は、淡い茶をすすってから、ゆっくり言葉を整えた。
「観世物小屋へは最初に女隠居のお半が入る。つづいて養子の信次郎が入る。そのあとから、大工の清五郎と列び茶屋のお米が入る。お半にすがり付かれていたのが信次郎で、うしろから鉄槌で叩いたのが清五郎です」
「それにしても、どうして、お半を殺すことになったんです」
僕がそう訊くと、老人は、唇の端を少しだけゆがめた。笑いというより、諦めの形に近い。
「つまりは、色と欲でございます。お半と信次郎とは叔母甥とは申しても、血のつながりは薄い。他人同士の屋根の下で、妙な綾がつく。殊に三十代で亭主に別れた女は、世間が思うほど枯れません。信次郎が十七、八の頃から、おかしい仲になってしまったのでしょう」
老人は、江戸の町家の暮らしぶりを、いまの僕にも判るように噛んで含めた。大店というものは、表の顔が命で、家の中の自由は案外きかない。だから、隠居という名目で別宅を持てば、女は息がしやすくなる。お半が杉の森新道へ引っ込んだのは、年相応の慎みというより、むしろ、人目を避ける工夫であった。
「それで済んでいれば、まだ無事だったのですが、そのうちに、お半には音造、信次郎にはお米という、別々の相手が出来た。そこからが、崩れでございます」
お半と音造の縁は、よんどころない始まりだったという。深川八幡の前の小料理屋で、信次郎とお半が連れだっているのを、音造が見とがめた。世間へ持ち出せる話ではない。だからこそ、弱みはきつく締め上げられる。
「駿河屋は名の通った店です。女隠居が養子と不義密通――それを悪い者に握られた。もう動けません。音造は店の方へは近寄らず、出逢い所をこしらえて、お半を引っぱり込む。初めは金でございますが、度が重なるうちに色へ転ぶ。ああいう男は、女が一度でも弱みを見せると、何事も自分の自由になると思い込む」
僕は、銀座の縁日で見た、ろくろ首の絵看板を思い出していた。首が伸びるのは絵空事だが、欲の首は、どこまでも伸びる。
「それを信次郎に覚られた。信次郎にも弱みがあるから、表向きに音造を責められない。お半を怨むわけにも行かない。けれど、内心は面白くない。そこで面当てのように両国へ遊びに行き、お米と出来てしまう。――お半がそれを知ると、自分のことを棚に上げて責める。信次郎は音造のことを楯にして責め返す。こじれると、人間は、いちばん悪い知恵へ転びます」
老人は、そこで一度、言葉を切った。火鉢の灰の匂いと、夜気の冷えが、部屋の空気をしずめる。
「お米の叔父の清五郎というのが、また良くない男でございました。相手が駿河屋の若主人と判れば、付け目は幾らでもあります。お米をけしかけて、駿河屋へ乗り込ませる魂胆だったのでしょう。けれども、信次郎は養子の身で、家付きの地所家作は、まだ自分の物になっていない。お米を店へ引き込むなど、お半が承知する筈がない。となれば、邪魔を片づけるしかない。清五郎が焚き付けて、信次郎がその気になった。若いとは申しても、迷いは容赦がございません」
観世物小屋を使う計略は、清五郎の入れ知恵だった。浅草の暗がりなら、悲鳴も紛れる。幽霊におびえて死んだことにすれば、表向きは片がつく。素人が思いつきそうで、実は、江戸の夏の雑踏を知っている者ほど、やりたくなる手口でもある。
「当日、お半は観音へ参詣、信次郎は花川戸へ商売用――そう言い合せて、途中で落ち合って浅草へ出た。ふだんから出逢い場所が決まっていたのでしょう。小料理屋の二階で午過ぎまで遊び暮らして、それから仁王門前の小屋へ入る。幽霊は忌だと言うお半を、信次郎が無理に誘う。二人づれで入れば目に付くから、ひと足先にお半を入れて、信次郎はあとから。さらに清五郎とお米も、打ち合せどおりあとへ続く。お米に手伝いをさせるわけではない。女連れがいると木戸の者も油断する。その程度のことでございます」
僕は、ふと背筋が寒くなった。幽霊の小屋の暗さより、生身の人間の段取りの方が冷たい。
「お半を殺した三人は、猿や幽霊が生きた人間だとは、知らなかったんですね」
「そこが運の尽きです、先生」
老人は、静かに頷いた。
「木の上の猿も、柳の下の幽霊も、生きている人間とは夢にも思わない。だから平気で人殺しをしてしまった。しかし猿と幽霊の方にも秘密があるので、眼の前で人殺しを見ても口外できない。――一旦は計略成就で、お半は幽霊におびえて死んだことになり、葬式まで済ませた。けれども、そうは問屋で卸しません」
僕は、老人がなぜ最初から信次郎に眼をつけたのかを訊いた。老人は、湯呑を膝の上に置いた。
「義母の帰りが遅い。そこで若い者を探しに出す。そのあとで、信次郎が幽霊小屋の噂を思い出して、番頭を出す。――無いとは言い切れませんが、頭が働き過ぎる。噂を聞いただけで、まるで場所まで当てたように動くのは、どうも匂うのでございます」
もうひとつは、お半が女ひとりで左の路へ行ったことだという。道を間違えたと片づけるには、筋が悪い。誰かに連れられたと考えれば、筋が通る。そこへ、木戸を入った若い男の人相が信次郎らしいと聞いて、老人の中で形が固まった。
「清五郎の白状で、もう一つ驚いたことがございます。鉄槌だけではございません。長い鉄釘を用意して行って、頭へ深く打ち込んでいた。いまなら検視で見つかりましょうが、むかしはそこまで眼が届かない。ことに女は髪が多い。釘を深く打ち込めば毛に隠れて、容易に分かりません。――こういうところが、いかにも“大工の殺し”でございます」
鉄槌の件も、老人は「大工の手口」と言った。喧嘩のときの咄嗟の凶器なら石でも棒でもいい。だが、あらかじめ用意するなら、手に馴れた道具を持つ。しかも清五郎は、鉄槌だけでなく、長い鉄釘まで用意して、女の頭へ打ち込んでいたという。女の髪に紛れれば見落とされる――昔の検視の粗さも、そこへ味方した。
「頭へ釘を打ち込まれたら即死のはずでございます。『むしり付いた』というのは理屈に合いません。けれど長助は、たしかにそう言った。あの男は職人のくせに案外気が弱い。死骸が倒れかかったのを、夢中の眼で“むしり付かれた”と思い込んだのでございましょう。」
「信次郎は死にましたか」
「翌日の夕方に死にました。わたしは朝、駿河屋へ乗り込んで、枕もとで申しました。助からぬ命だから、正直に懺悔しろ――と。信次郎も覚悟して、素直に白状した。死にぎわに、おっかさんの幽霊が来たなどと囈語のように言ったそうです。もし生きていれば義母殺しの大罪人で、引き廻しの上、磔が定法。畳の上で死ねたのは、仕合わせでございましょう」
音造も清五郎も、むろん死罪。だが、お米だけは姿を消した。七、八年後に大山参りの途中、達磨茶屋のような店で似た女を見たという噂もあったが、幕末のごたごたに紛れて、そのままになった――老人は、そう結んだ。
話が終わると、部屋の外で、ひとつ風鈴が鳴った。縁側の猫が、のびをして欠伸をし、僕の方を見て、何か言いたげに目を細めた。
銀座の縁日の灯も、浅草仁王門の暗がりも、いまは昔である。けれども、老人の語る「色と欲」は、電燈の明るさでは消えない。ろくろ首の看板より、ずっと長い首を持って、この世をうろつく。
「先生」
半七老人が、火鉢の向こうで、ぽつりと言った。
「幽霊というのは、見世物小屋の中よりも、人間の胸の中におります。あれが一番、始末が悪うございます」
僕は手帳を閉じた。外の闇は、電燈の光に押されて薄くなっている。それでも、欲の影だけは、まだどこかに残っているように思えた。




