エピローグ:明治の夜の種明かし
「……いやはや、先生。暑い夏の、長い一日でございました」
赤坂の座敷で、半七老人は、ふうと息をついた。
いつの間にか、外の雨はすっかり止み、雲の切れ間から、明るい月の光が差し込んでいる。
「それで……その墓を?」
「掘りやした。……といっても、その場じゃねえですよ。いくらなんでも、墓荒らしは御法度です。私共はその晩、いったん引き揚げまして、すぐに町方から、寺社奉行様へお届けを上げた。事が大きいですからな。翌朝、奉行所の役人立ち会いのもと、普在寺に踏み込んだわけでさ」
老人の話は、こうであった。
墓の土を改めると、案の定、麻布にくるまれた、お国の首が出てきた。
半七が、住職の覚光に「光明弁天堂の善昌という尼を、かくまっているな。引き渡せ」と迫ると、坊主は真っ青になりながらも、しらを切り続けた。
だが、「墓から、お仲間(お国の首)が出てきたぞ」と鎌をかけると、ついに腰を抜かした。
その掛け合いの隙に、本堂の奥から裏口へ抜け出そうとした人影。
それを、裏に張り込んでいた熊蔵が、羽交い絞めに組み伏せた。
それが、善昌であった。
観念した善昌の口から語られた真相は、およそ、仏に仕える者とは思えぬ、色と欲にまみれたものであった。
まず、二、三年前にあった「賽銭泥棒の天罰死」。あれは、仏罰などではない。
あの男は、善昌の、越中富山にいた頃の、先の亭主の弟・与次郎という男であった。
善昌は、どうやら、先の亭主を殺して江戸へ逃げてきたらしい。その秘密を薄々知っていた与次郎が、善昌の居所を突き止め、強請に来た。
邪魔になった与次郎を殺すため、善昌は、信者仲間で、悪事の片棒を担いでいたお国と共謀。
「弁天様の霊験あらたかな芝居を打とう」と与次郎をそそのかし、供物と称して、毒を盛った餅と菓子を食わせ、殺害した。これが、第一の殺しである。
悪人ばらの驚くべき一味同心である。
だが、この共犯関係が、あの生臭坊主・覚光の出現で、おかしくなった。
お国が、まず覚光と深い仲になった。そこへ、お国が善昌を引き入れた。
ところが、覚光は、若く、金回りの良い善昌の方に、すっかり入れあげてしまった。
尼と、女髪結いと、坊主。
浅ましい三角関係が始まったのである。
「そこで、問題の蝶合戦ですがね、先生」
老人は、おかしそうに笑った。
「あれは、まったくの偶然。……いや、善昌にとっては、天の助けだったんでしょう。
善昌は、覚光に入れあげる金が欲しくて、『今年は大厄年だ』と触れ回っていた。そこへ、たまたま、あの蝶の大群が来た。『前兆だ!』と信者たちが騒ぎ、善昌の思う壺。大護摩で、莫大な金が集まった。
面白くないのは、お国です。
善昌に金が集まれば、それがそっくり、覚光へ流れる。 恋敵の株があがっちまって、自分の目がなくなっちまう。
嫉妬に狂ったお国は、善昌を困らせようと、祈祷の中日に、本尊の弁天像を盗み出してしまった。
ああいう、手合いってのは、仲間うちであっても簡単に、手を出すし、手にかける。まあ、悪事が習いになっちまってるんでしょうな。
利害がかっちり嚙み合ってるときは、驚くべき堅さを見せるんですが、まあ、ああいう手合いは、タガが外れるのも早いもんで……
これが、『御戸帳が空』の真相ですよ。
さすがに、本尊を盗まれては、善昌も参った。
この時には、殺す算段も立てていたんでしょうな。
はらに一物をかかえたのを隠して、お国に『必ず覚光と手を切るから』と泣きつき、ようやく、十五日の夜に、弁天像を返してもらった。
……その、弁天像が戻った夜に、事件が起きたんでさ」
弁天像を担いで戻ってきたお国を、善昌は「まあ、一杯おあがり」と酒でねぎらった。
お国が油断し、酔いつぶれたところを、善昌は、不意に絞め殺した。
そして、お国の首を斬り、自分の法衣を着せ、身代わり(強盗殺人)に仕立てた。
有り金と、お国の首を抱え、愛する覚光の待つ普在寺へ、逃げ込んだ。……というわけでさ。
「善昌は、獄門。覚光も、女犯(僧侶の女色)と死体を隠したってぇのを共犯とみられてしまいまして、日本橋に晒された上、追放。……まあ、そんな結末でやした」
「……して、その光明弁天の像は?」
僕は尋ねた。
「ああ。弁天堂は取り壊されやしたが、さすがに本尊をどうすることもできねえ。さりとて、引き取り手もねえ。評議の上、竪川へ流すことになりましたよ」
老人は、月明かりの庭を見ながら、静かに言った。
「その弁天像が流れていくとき、一匹の白い蛇が、とぐろを巻いて巻き付いていた……なんて噂が立ちやした。善昌の執念だ、なんてね。
……なに、そいつぁ、きっと嘘の皮です。むかしの人は、ややもすると、そういう尾ひれをつけたがる。そして、すぐにそれを信用する。
畢竟、それだから、善昌みてえな偽尼の、いい食いもんにされちまうんでしょうよ」
老人は、そう言って、ことさら愉快そうに笑った。
明治の夜は、雨上がりの月の光に、静かに濡れていた。




