第九章:普在寺(ふざいじ)の噂
夕七ツ(午後四時)過ぎ。
神田三河町の、半七の家。
土間の打ち水も、すぐに乾いてしまうほどの熱気だ。
熊蔵が、汗まみれの顔で転がり込んできた。
「親分! ただいま戻りやした!」
「おう、ご苦労。……で、何か出たか」
半七は、冷えた麦湯をぐいと飲み干し、熊蔵にも一杯、乱暴に突き出した。
熊蔵は、それを一気に飲み干すと、ぜいぜいと息を整えながら報告を始めた。
「出やした。……あの、お国って女、とんでもねえ悪ですぜ」
熊蔵の報告を要約すれば、こうだ。
お国は、若い頃から亭主を二、三人も変え、今でこそ独り身だが、男関係は絶えたことがない。
それも、まともな職人などではない。博打打ちや香具師やしのような、裏稼業の男とばかり、つるんでいた。
そして、ここ一年ほど、妙な噂が立っていた。
「なんでも、中の郷にある菩提寺の、若い住職と……」
「ほう。坊主か」
「へい。普在寺という小せえ寺ですが、そこの覚光とかいう住職が、去年に先代が死んでから入ったんですが、これがとんだ生臭で。酒は飲む、博奕は打つ。……で、お国が、そこへ入り浸ってるって話です」
「なるほど」
半七は、腕を組んだ。
女髪結いと、生臭坊主。いかにも、ありそうな話だ。
「……それだけか」
「あっしが、肝心なことを忘れるとでも思いやすか」
熊蔵は、声をひそめた。
「その普在寺にゃ、善昌尼も、こっそり出入りしてたって噂ですぜ」
半七の片方の眉が、ぴくりと上がった。
「……尼と、女髪結いと、坊主。……三すくみ、か」
「どうも、お国が善昌を、あの寺に手引きしたみてえです。だが、近頃じゃ、どうも様子が違った。お国と善昌が、あの坊主を巡って、ちと、揉めてたって話も……」
「そうか」
半七は、立ち上がった。
「熊や。草鞋を履き直せ」
「へ? どちらへ?」
「決まってらあ。中の郷、普在寺だ。そろそろ形ぁつけるぞ」




