第八章:死体の手
「五兵衛、伊助。ちと、席を外してくれねえか」
半七が静かに言った。
「熊や。悪いが、戸口に立って、誰も入れるな」 「へい」
二人の信者と熊蔵が部屋を出て、障子がぴしゃりと閉まる。
首のない死体と、二人きりになった。
半七は、先ほどまでとはまるで違う、厳しい検分を始めた。
白い麻の法衣を、ゆっくりとめくる。
まず、その「手」を取った。
冷たくなった、女の手。
半七は、その指先を、自分のごわごわした指で、一本一本、確かめるように撫でた。
(……ちがうな……尼の手じゃねえやな)
仏に仕え、水仕事と炊事くらいしかせぬ女の手は、もっと柔らかく、ふっくらとしているはずだ。
この手は、指の腹が堅く、たこができている。特に、親指と人差し指の先は、何かを撚たり、結んだりする作業で、すっかり角質化していた。
元結を扱い、客の髪を梳すき、結い上げる。まさしく、髪結い師の手である。
さらに、その手に鼻を寄せれば、洗い流そうとしても消えない、梳き油と鬢付の匂いが、染み付いていた。
次に、足の裏を改める。
これも、尼のものとは思えぬほど、裏が堅く、厚い。
一日中、堂内で過ごす者の足ではない。これは、草鞋や下駄を履き、客から客へと渡り歩き、日々、江戸の町を歩き回っている女の足だ。
善昌は、三十二、三。
お国は、四十過ぎ。
この死体の肉や肌の具合は、どう見ても三十代の若々しさはない。四十女の、盛りを過ぎた肌であった。
「……そういうことか」
半七は、法衣を元通りに直し、静かに立ち上がった。
「熊や。もういいぞ」
障子を開け、縁側に出る。
熊蔵が、汗だくの顔で駆け寄ってきた。
「親分、分かりやしたか」
「ああ」
半七は、溜まった息を、暑い空気の中へゆっくりと吐き出した。
「熊や。あの中に寝てるのは、善昌じゃねえ。……そいつが、お国だ」
「へっ!?」
熊蔵が、素っ頓狂な声を上げた。
「じゃあ、親分。本物の善昌は?」
「生きてる。そして、この殺しの黒幕だ」
半七は、にやりともせず、続けた。
「善昌は、このお国を殺して、自分の法衣を着せ、わざと首を斬り落とした。自分が強盗に殺されたと見せかけるためにな。まんまと金子を抱えて、どこぞへ高飛びする算段よ」
「な、なんでまた、お国を……」
「そいつを、これから調べる」
半七は、庭石に落ちた蝉しぐれに一瞬耳を傾け、そして、鋭く命じた。
「熊や。手前は、ここからお国の長屋へもう一度飛んでくれ。お国の身許、ふだんの行状、金の出入り、男関係。……根こそぎ洗って、日が暮れる前に、三河町の家へ戻れ。わかったな」
「へい!」
「わっしは、ちと野暮用を足してから帰る」
半七は、五兵衛と伊助に「死体は土葬にも火葬にもするな。わっしらの指図があるまで、動かすんじゃねえぞ」と固く釘を刺し、暑い竪川の通りへと、一人で歩き出した。




