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第六章:半七の検分

「どうも遅くなりやした。皆様、ご苦労様でございます」



 半七は、役人たちに一通り挨拶を済ませると、すぐに善昌のものとされる死骸に向かった。


 六畳間に寝かされた、首のない法衣の女。



 半七は、その前に音もなくしゃがみ込んだ。


 手足は、あら縄で固く縛られている。だが、縄の食い込みは浅い。



 半七の多年の経験が、これは、ほとんど無抵抗のまま縛られたものだと告げていた。  畳の上を改める。血の痕は、どこにも見当たらない。 (……綺麗に拭き取ったか?)  半七は、犬のように四つん這いになり、畳に鼻を近づけた。


 ……む。



 血の匂いではない。



 これは、酒だ。それも、こぼれて間もない、新しい酒の香である。


「尼御前は、酒を飲まれたかい?」



 半七は、控えていた信者の一人、薪屋まきやの亭主だという五兵衛ごへえに尋ねた。



「さあ……。身分柄、表向きは一滴も、と申しておりましたが」

 五兵衛が口ごもる。

 すかさず、隣にいた小間物屋の伊助いすけが引き取った。 「内々では、時折、ほんの少しばかり……。お疲れの時など、お召しになっていたやもしれやせん」


 半七は、小さく頷いた。


「紛失物は、何かね」

「それが、はっきりとは。……ただ、尼様が大切にされていた古い革文庫が、見当たりやせん。あの中に、こたびの護摩料なども入っていたのやもしれず……」



 

 酒。金。



 強盗殺人で間違いないか。


 型の通りの検視が終わり、役人たちが引き揚げていく。

 「半七、後の始末、頼んだぞ」

 「へい。お任せを」


 家主も一旦帰り、後に残されたのは、半七と熊蔵。そして、信者の代表格である五兵衛と伊助の二人であった。

 半七は、まず、この二人から、善昌の身許詮議を始めた。


「善昌は、いくつだった」

「はあ。自分でもはっきりは。三十二、三とも、五、六とも……。見かけは若々しいお方で」

「身寄りは」 「自分は孤児みなしごで、天涯孤独だと、ふだんから申しておりました」

「外泊は」

「祈祷で遅くなることはあっても、家を空けたことは一日もなかったはずで……」


 半七は、蝶合戦の噂から、大護摩の顛末、御戸帳の謎に至るまで、二人の知るすべてを聞き出した。

 それが終わると、半七は、ふいと立ち上がった。

 あの、問題の弁天像である。


 高さ三尺(約90センチ)ほどの、木彫りの弁財天。

 かなりの年代物と見え、顔料はところどころ剥げ落ちている。

 半七は、その像を正面から見据え、やがて、その表面を撫でまわし始めた。

 そして、像の髪の生え際あたりに、ふと鼻を寄せた。


 「……熊」


 半七が、低い声で子分を呼んだ。


「おめえも、ちっと嗅いでみろ」


「へ?」


 熊蔵は、いぶかしげに顔を寄せた。


「……へい。こいつぁ……なんだか、髪の油臭え匂いがしやすぜ、親分」


 その言葉に、半七の眼が、鋭く光った。

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