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第四章:首無し阿尼

 明けて、七月十六日。


 いわゆる「地獄の釜の蓋があく」日であり、藪入やぶいりである。

 この日は、閻魔えんま様も仕事を休み、地獄の鬼も亡者も、しばしの休息を得るという。


 だが、弁天堂の災いは、この日にこそ釜の蓋を開けた。

 朝になっても、弁天堂の表戸が開かないのである。


「善昌様も、さすがに十五日間の祈祷でお疲れなのだろう」

 近所の人々も、はじめはそう噂する程度であった。


 しかし、昼八ツ(午後二時)を過ぎても、堂は開かない。

 不審に思った者たちが、裏口へ回ってみた。

 水口みずぐちの戸は、錠が下りていない。あっけなく、さらりと開いた。


 薄暗い土間から声をかけるが、返事はない。

 奥の六畳間には、いつもなら釣ってあるはずの蚊帳かやさえ、見当たらない。


 この噂を聞きつけ、昨日の満願の礼に来た信者たちも集まり始めた。


 「これはただ事ではない」


 ついに、この露路一帯を差配する家主やぬし(管理人兼町内会役員兼市役所職員)が呼ばれることになった。


 「もしや、善昌様は……駈け落ちなされたのでは?」


 誰かが、恐る恐る口にした。

 あの「御戸帳の中は空」という噂が、現実味を帯びて人々の脳裏をよぎる。

 莫大な祈祷料や賽銭を掻き集め、夜逃げしたのではないか。


 「……家主様、こうなっては是非もねえ。御戸帳を!」


 集まった大勢が見守る中、信者の代表が、震える手であの紫のとばりに手をかけた。


 ――そこには、光明弁天の尊像が、昨日までと何ら変わらぬ姿で鎮座ましましていた。


「……ある」

「弁天様は、いらっしゃるぞ」

 一同は、安堵した。

 だが、安堵したとたん、新たな、そして、より深い謎が浮かび上がる。

 本尊は無事。

 ならば、善昌は、なぜ、どこへ消えたのか。


 家主の差配で、本格的な家捜やさがしが始まった。

 そして、ついに発見されたのである。


 台所の、揚板あげいた(床下の収納庫の蓋)の下。

 そこには、焚き付け用の炭俵が二、三俵、押し込まれていた。

 その、空からになった一つの俵の中に、頭から突っ込むような形で、うつぶせに倒れている女がいた。


 手足は、あら縄で厳重に縛り上げられている。

 だが、人々が真に息を飲んだのは、その体を抱き起そうとした時であった。


 俵をかぶせられていたその体には、


 ――首が、なかった。


 善昌がいつも身につけていた、白い麻の法衣ころも。それが、血で赤黒く染まっている。

 阿鼻叫喚とは、このことであろう。

 狭い露路の奥は、恐怖と混乱の坩堝るつぼと化した。

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