第五章:土蔵の正体
雨の中、六蔵を先に立て、半七は三島屋の寮へ踏み込んだ。
蒼い顔をした良次郎が、死人のように後からついてくる。
寮は、人の気配もなく、しんと静まり返っていた。
「お通さん! お通さんはいねえか!」
半七が呼ぶと、奥の板の間から、お通が怯えた顔で這い出してきた。姉の使いの小僧を連れてきた男(半七)だと気づいた様子はない。
「おまえさんたち、一体……」
「案ずるな。生薬屋の平兵衛さんとこから、あんたを迎えに来た」
お通の顔が、ぱっと輝いた。
「六蔵、土蔵の錠を開けろ」
半七に命じられ、六蔵は観念したように、鍵を差し出した。
重い土蔵の扉が、軋みながら開かれる。
中は、黴臭く、ひやりとした空気が溜まっていた。
「……誰か、いるのかい」
半七が声をかけると、暗い二階から、みしり、と梯子のきしむ音がした。
降りてきたのは、着物の裾を乱した、若い女であった。
日に当たっていない肌は雪のように白く、痩せてはいるが、目鼻立ちの整った、息をのむほどの小町娘であった。
お通が見た「幽霊」とは、この女――三島屋の一人娘、おきわであった。
明くる日、霊岸島の三島屋から、後家のお糸と、番頭の由兵衛が、奉行所へ呼び出され、そのまま入牢を申し渡された。
すべては、この二人の企みであった。
三島屋の主人が四年前に亡くなって以来、後家のお糸と番頭の由兵衛は、不義を重ねていた。
一人娘のおきわが十九になり、婿を取る歳になった。これが、由兵衛には面白くなかった。
由兵衛は、自分の甥を三島屋の養子に据え、自分がその後見人となって、この莫大な身代を乗っ取ろうと企んだ。
だが、利口なおきわは、二人の不義にも薄々感づいている。邪魔であった。
そこで、由兵衛は、色に溺れて我が子への情も失ったお糸をそそのかし、おきわを「放逐」する計画を立てた。
寮番の六蔵(これも前科持ちの悪党)を抱き込み、おきわを向島の寮へ誘い出し、土蔵へ閉じ込めた。
世間体のため、「おきわは、店の若い衆と駆け落ちした」という噂を流す。
その相手に選ばれたのが、後家のお糸のお気に入りであった、良次郎だ。
「三年の間、身を隠してくれれば、店に戻すか、さもなくば二百両の資本を渡す」
主従関係と、母親への孝行心につけ込まれ、良次郎は、身に覚えのない濡れ衣を引き受けた。
だが、おきわを土蔵に閉じ込めても、殺すわけにはいかぬ。
三度の食事は運ばねばならなかったが、六蔵夫婦も気味が悪い。
そこへ、お糸と由兵衛が密会に来る際の給仕も要る、というので、新しく女中を雇うことになった。
「江戸馴れしていない、鈍な田舎娘」として選ばれたのが、お通であった。
そして、「土蔵の神(蛇)に仕える」という名目で、おきわの食事を運ばせたのだ。
ところが、お通は、見かけによらず、土蔵の秘密に感づき始めた。
慌てた六蔵は、口止めと足止めの策として、またも良次郎を呼び出し、色仕掛けでお通を手懐けさせようとした。
だが、良次郎は、すでに自分の非を悔いていた。彼はそれを拒否するばかりか、逆にお通に同情し、お通が姉(お徳)に宛てた手紙を、密かに神田まで届けてやる手配をした。
これが、おととい、お徳のもとへ手紙を届けた「見知らぬ男」の正体であった。
それを知らぬ六蔵が、良次郎を料理屋へ連れ込み、脅しているところを、半七に押さえられたという次第であった。




