表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/427

第四章:向島の小料理屋

良次郎の居場所は、十中八九、くだんの寮だろう。

お通と良次郎、それに、土蔵にいるはずの「おきわ」。

半七は、三人の行方を確かめるべく、今戸からそのまま向島へ向かった。


空はまた暗くなり、霧のような雨が降りだす。

途中で番傘を買い、竹屋たけやの渡しで隅田川を越える。


葉桜のどては、雨にけむって薄暗い。


もう昼に近い。

半七は、堤下の小料理屋に入った。うなぎの寝床のような、奥に細長い店だ。

土間に近い席に座り、しじみ汁と、青菜あおなのひたし物で、遅い朝飯とも昼飯ともつかぬ食事をる。

しじみの滋味じみが、風邪気味の体に染み渡るようであった。


古ぼけたよし衝立ついたて一枚を隔てた奥の席で、二人の男が酒を飲んでいる。

一人は、だみ声の年上。もう一人は、若い男だ。

はじめは小声だったが、酒が回ったか、だみ声の方が声を荒らげ始めた。


「ええ、おい、りょうさん。あの餓鬼がきを、どうかしてくれねえか。どうせ田の草取りでもしてた日向ひなたくせえ女だ。おめえの気に入らねえのは分かるが、そこを我慢して往生おうじょうしてくれ。あいつに逃げられちゃ、こっちが困る」

若い男――良さん、と呼ばれた男は、黙っている。


「足止めにゃあ、慾得よくとくだけじゃ足りねえ。そこで、色男おめえの出番だ。恋だ情けだの、しがらみでつなぎ止めろ。なにも一生の女房にしろってわけじゃねえ。ちいとの間の辛抱だ」


「……そんな、罪なこたあ」

若い男が、ようやく溜息まじりに言った。


聖人しょうにんみてえなつらをしやがって」

だみ声の男――六蔵ろくぞうというらしい――は、あざ笑った。


「おめえだって、お嬢さんと駆け落ちしたっていう、おすみ付きの色男じゃねえか。今更、毛の色は白くならねえぜ」


「あっしも、今になっちゃ後悔してる。……おかみさん(お糸)に口説かれて、よんどころなく引き受けたが、とんだ間違いだった。世間ひと様に後ろ指をさされ、おっかあにも苦労をかけ……。もう、誰が何と言おうと、そんな相談には乗らねえ。あのお通って娘も、帰りたがるなら、帰してやりゃあいい」


「帰してよけりゃあ、苦労はねえ」

六蔵は、急に声を低くした。


「あんな小娘でも口がある。うっかり帰し、世間に何をしゃべられるか。……どうしても、おめえの『おまじない』が要るんだ。なあ、良さん。毒を食らわば皿までよ。おめえも、一度引き受けた身じゃねえか」


「おい、良さん。今こそ堅気かたぎの寮番なんぞでくすぶっちゃいるが、この六蔵、これでも左のかいなにゃあ、ちいとばかり『お客人きゃくじん』がいらあ。一旦こうと言い出したからにゃ、いやも応もねえ。そのつもりで返事しろ」


酒の勢いも手伝い、脅し始めた。

(……これで、役者がそろった)

半七は、飯代のぜにたくに置き、衝立の向こうへ声をかけた。


「もし。ちと、おにぎやかですな」


「お、おう。騒々しくて、どうも」


「お察し申します。だが、この頃は世の中がさかさまで、年寄りの言う方が間違ってることも多々ある。今の一件なんぞは、そっちの若いしゅの言う方が、よほど道理に聞こえやしたぜ。……なあ、良次郎さん」


「!」

名を指され、二人は息を呑んだ。

半七は、衝立を押しのけて、二人の前に立った。


「左の腕に、『お客人』がいるという小父おじさん。あんまり若い衆をいじめるもんじゃねえ。どうせ霊岸島からは、縄付き(なわつき)が出るんだ。その道連れを、わざわざこしらえるこたあねえだろう」


「て、てめえ……何者だ!」

六蔵が、腰を浮かせ、ふところへ手を入れようとする。


その腕を、半七は電光でんこうのごとくつかみ、じ上げていた。


「ぐっ!」

六蔵の手から、匕首あいくちが畳に転がる。


「神田の半七だ。……おとなしく、あんたの寮へ案内してもらおうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ