第一章:生薬屋の相談
慶応二年(一八六六年)の夏は、不順であった。
卯月だというのに綿入れを重ね着するような陽気だったが、六月に入っても冷え勝ちで、五月雨が降り残したかのような細い雨が、しとしとと江戸中を濡らしていた。
三河町の半七も、この陽気に当てられたか、どうも風邪気味であった。
重いこめかみを押さえ、長火鉢の前にうっとうしそうに座っていると、町内の生薬屋「豊島屋」の亭主、平兵衛が訪ねてきた。
「親分、どうも毎日うっとうしいことで」
「平兵衛さんか。まったくだ。こう時候が不順じゃ、病人も多かろう。店も忙しいんじゃないか」
「あっしらの商売繁盛は、素直に喜んでよいものかどうか」
平兵衛は苦笑し、腰から刻み煙草入れを取り出しながら、ひと膝進めた。
「実は、ちいと親分さんのお知恵を拝借したいことがござんして。……いえ、あっしのことではねえんですが、家で使っております『お徳』という下女のことで」
「お徳、というと。ああ、あの娘か」
半七は頷いた。
「うちの嬶なんぞが、『ああいう気の利く真面目な奉公人を置き当てたいもんだ』と、いつも羨ましがっている。確か、生麦の在の出だったな。そのお徳が、どうかしなすったか」
平兵衛の話は、こうであった。
お徳には、「お通」という十七になる妹がいる。この正月から、姉を頼って江戸へ奉公に出ることになった。
お徳は、外神田の桂庵(奉公人斡旋所)である「相模屋」へ妹を連れて行った。
すると、相模屋の主人は、手を叩いて喜んだという。
「ちょうどいい! ここに格別の口がある。だが、いくつか条件がある」
その条件というのが、妙であった。
江戸者ではいけない。親許は、江戸から五里七里は離れている者。
年が若く、寡黙で、正直な者。
そして、一年契約などではなく、どうしても三年以上は長年するという約束が要る。
「その代わり」と相模屋は言った。「夏冬の仕着せは、先方持ち。給金は、年に三両」
「――三両!」
半七は、思わず眉を寄せた。
この時代、下女奉公の給金といえば、年に一両二分も貰えれば上々なところだ。
三両といえば、小身の旗本屋敷で、立派な侍が一人召し抱えられるほどの金額である。
「ぽっと出の田舎娘に、一年三両。……そいつは、ちと高すぎるな」
平兵衛も、そこを怪訝に思った。
「お徳も、話が旨すぎるのを不安に思い、二の足を踏んだそうで。ところが、妹のお通はまだ若い。それに、近頃の田舎者はどうも欲が深く、『年三両』に目がくらみまして。是非そこへ行きたい、と」
結局、姉も折れ、お通はその奉公先へ行くことになった。
場所は、向島の奥の、寂しい寮だという。
「お通が目見得に行ったきり、なんの沙汰もない。心配したお徳が相模屋へ行くと、主人に大変気に入られ、すぐに証文を作ることになった、と。妹の手紙も預かってきたそうで」
その手紙には、こうあった。
「奉公先はある大家の寮。広い家に、五十がらみの寮番の爺さんと、その女房がいるきり。寂しいが、勤めは楽。御主人が月に一度ほど見回りに来る時、給仕をする程度。安心してくれ」
「たしかに、お通の筆跡だったと?」
「へい。それでお徳も、三年以上長年するという証文を入れて帰ってきた。それが正月の末。……それから、小半年ほど、何の連絡もなかったんですが」
平兵衛は、声をひそめた。
「おととい、見慣れねえ男が、お徳を訪ねてきまして。向島から来た、と。妹の手紙を渡されたそうで」
その手紙の内容は、最初のものとは一変していた。
「どうしても、この家には辛抱していられない。命にかかわるかもしれぬ。詳しいことは書けない。一度、是非会いに来てくれ」
妹思いのお徳は、半気違いのようになって、すぐにでも駆けだそうとした。
平兵衛が「もう日暮れだ」と押し止め、昨日の朝、店の小僧の亀吉を付けて、二人で向島へやったという。
「夕方、八ツ(午後二時)を回った頃に、二人がくたくたになって戻りやした。その寮というのが、なかなか見つからなくて」
ようやく辿り着くと、寮番の爺さんが、ひどくむずかしい顔で「そんな者はいない」と追い返そうとする。
押し問答の末、ようようお通に会えた。
お通は姉の顔を見るなり、わっと泣き出し、「すぐに暇を取って連れて帰ってくれ」の一点張りであったという。
「まあ、親分。その訳というのが、どうも気味が悪く……」
平兵衛は思わせぶりな感じで、少し間を取りながら語る。
「化け物でも出るか」
その間を察した、半七が応えを返す
「……それに、似寄った話で」




