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第七章:信州の因縁

 料理屋は、再び河童が担ぎ込まれ、大騒ぎだ。


「亭主、済まねえが水だ!」

 半七の指図で、店の者が手桶ておけの水を汲んでくる。

 長吉の顔と手足を洗い、鍋墨と泥を落とす。尻の銀紙を見た亭主も、ようやく得心がいった顔で苦笑いした。


 半七は、用意させていた焼酎しょうちゅうを傷口にかけ、手当てを施す。

 やがて、長吉はうめき声をあげ、息を吹き返した。


「よう、河童。しっかりしろ。人間らしくなったか」

 半七は、座敷の長吉を冷たく見下ろした。


「ここは料理屋の座敷だ。てめえを調べるのは、御用聞きの半七。……てめえ、今朝、柳橋の芸妓屋へ這い込み、親父を剃刀かみそりで殺したろう」


 長吉の目が、恐怖に見開かれた。


「覚えがねえとは言わせねえ。台所の柱に、てめえの手形てがたが残ってたんだ。さあ、ありていに申し立てろ。後ろ暗いことがなけりゃあ、なぜ番屋を逃げ、笠を盗んでここまで逃げた!」


 相手は子供だ。半七の鋭い追及に、もろくも崩れた。


「……おじさんに、言われて。お父っさんの、かたきだって……」

 長吉は、泣きながらすべてを白状した。


 長吉の父・長左衛門は、信州善光寺のざいの者。

 お照の父・新兵衛(むかしは新吉)も、同じ村の生まれ。

 二人は札付きの悪党仲間であった。


 十三年前。二人は共謀し、隣村の大尽だいじんの家へ押し込み、主人夫婦と娘を斬り殺した。

 詮議せんぎが厳しくなり、身の危うさを感じた新兵衛(新吉)は、友を売った。

 御用聞きのところへ駆け込み、「すべては長左衛門の仕業」と密告したのだ。

 新兵衛は、密告の功で見逃され、江戸へ逃げた。

 長左衛門は捕らえられ、磔刑はりつけとなった。


 長左衛門の弟・長平(これも悪党)は、兄の無念を晴らそうとしたが、自分も追われる身で、江戸へは出られなかった。

 長左衛門の女房は、夫の無念と友の不実を呪いながら死んだ。


 それから十年。

 長平は、心を入れ替えた(ということにして)、六部ろくぶとなり廻国修行に出た。

 そして、この三月、江戸へ入った。


 江戸で、長平は二人の人間と再会する。

 一人は、友を売り、今や柳橋で善人面づらをして芸妓屋の主人に納まっている、新兵衛。

 もう一人は、兄の忘れ形見で、両国で見世物の河童にされている、甥の長吉。


 長平は、まず新兵衛に会った。

 新兵衛は、生まれ変わったように善人になっており、過去の罪を長平に泣いて詫びた。

 自分たちが手にかけた大尽一家の菩提ぼだいを弔い、長左衛門が仕置きにされた二月四日には、毎月欠かさず放し鰻をしている、と。

 あの過去帳の「釈寂幽信士」は、長左衛門の戒名だったのである。


 長平も、表向きは修行の身。新兵衛の罪を許す、と言った。

 新兵衛は喜び、「報謝のしるし」として、長平に二十両の大金を渡した。


「そいつが、間違いの始まりだった」

 半七は、幸次郎に手当てさせた蕎麦そばをすすりながら、言った。


 久しぶりに大金を手にした長平は、その晩、すぐに坊主のころもを脱ぎ捨て、吉原へ繰り出した。

 一度ひとたび火が付いた悪党の魂は、もう止まらない。

 六部の姿は、単なる隠れみのとなった。


 長平は、新兵衛のところへ金の無心を繰り返した。

 仕舞いには、新兵衛の貰い娘である、お照の美しさに目をつけ、お照をよこせ、とまで言い出した。

 これが、新兵衛が「この土地にいるのは面白くない」と、沼津か駿府へ逃げようとした真相であった。


 新兵衛が、長平の要求をきっぱりと拒絶すると、長平は本性を現した。

 甥の長吉に「親のかたきを討て」とそそのかし、新兵衛を殺害させたのだ。

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