第五章:夕立と逃走
半七の商売を知っている六助は、聞かれるままにしゃべった。
その六部は、四十がらみの、痩せて背の高い、眼つきの恐ろしい男であった。
長吉の「叔父」だと名乗った。顔立ちが似ているから、嘘ではあるまいと六助はいう。
昨日、その六部がふらりと楽屋を訪ね、「鰻でも食わしてやる」と言って、長吉を連れ出したという。
「その六部の宿は?」
「下谷の方だとか。宿の名までは……」
それ以上のことは、六助も知らぬらしい。
(幸の野郎、どこへ河童を連れて行きやがった)
半七は小屋を出て、近所の自身番へ向かった。
だが、自身番にも幸次郎の姿はない。
念のため店番に尋ねると、番の親方は額の汗を拭い、面目なさそうに答えた。
「そ、それが……。幸次郎さんに、大変怒られまして……」
「どうした」
「河童に……。逃げられました」
事情はこうだ。
幸次郎は河童をここに預け、「親分を呼んでくる」と柳橋へ向かった。
河童は、店の奥にある留置場の柱に縄で繋がれた。
そこへ、あの大夕立が来た。
番太郎は慌てて自宅へ雨具を取りに帰り、他の者も店先の履物を取り込むだの、裏口の戸を閉めるだのと、どさくさに紛れた。
その隙に、河童は縄を抜け出し、逃げた。
人間の河童は、陸でも身が軽い。
「あれ」という間に、吾妻橋の方へ走り去ったという。
そこへ、幸次郎が戻ってきた。柳橋で半七と行き違いになり、戻ってみればこの始末。
幸次郎の怒りは凄まじく、番の者どもを怒鳴りつけ、すぐに河童の跡を追って行ったという。
「とんだ間抜けを演じやがったもんだ!」
半七は自身番の草履を借りるのももどかしく、跣足になって雨上がりの道を駈け出した。
吾妻橋から、岸づたいに小梅の方角へ。
途中で聞き込みをすると、「真っ黒な小僧が荒物屋の店先から菅笠をひったくって逃げた」という情報が入った。
(間違いない、河童だ)
雨は止んだが、葉桜の堤は暗く、湿っている。
水戸屋敷の門前で、幸次郎がぼんやりと引き返してくるのに出くわした。
「どうした、幸さん。いけねえか」
「あの疝気野郎ども……!」
幸次郎は忌々(いまいま)しそうに地面を蹴った。
「こっちの方角へ来たのは確かですが、この暗さじゃ、どうにも」
「仕方がねえ。だが、餓鬼のこった。草鞋も履いてめえ」
半七は、ふう、と息をついた。
「腹が減った。そこらで蕎麦でも手繰ろう」




