第四章:両国の河童
「ちっ、降ってきやがった!」
半七は舌打ちし、再び家の中へ引っ返した。
「夕立ですから、すぐに止みましょう」
お浪が入口の戸を閉める。
狭い家の中に、線香の煙が渦を巻き、蒸し暑さが充満する。息が詰まるようだ。
半七は扇子で暑さを追い払いながら、晴れ間を待った。
やがて雨が小降りになったのを見計らい、お浪が差し出す傘を断って、手拭いをかぶり、尻を端折って表へ出た。
ぬかるみを飛び飛びに渡りながら、両国橋を越える。
川向うの広小路は、今の夕立で、すっかり人が引けていた。菰張りの見世物小屋は、ぐっしょりと濡れている。
「河童」の小屋は、心太屋の婆さんに教えられ、すぐに分かった。
「白藤源太、河童に遭う」とでもいうような、柳の堤で相撲取りが河童と出くわす絵看板が、雨に濡れて物悲しく揺れていた。
表はもう閉まっている。裏の楽屋口へ回ると、楽屋番の爺さん(六助)が一人で後片付けをしていた。
「よう、六助さん。まだ生きてたか」
「おや、半七親分! ご無沙汰を。へえ、どうもあの『お化け屋敷』の楽屋は風儀が悪うござんして、こっちへ移りやした」
「そうか。……ところで、うちの幸次郎は見えなかったか」
「幸さんなら、お見えになりました。いや、それで楽屋の者も心配しておりやして」
「河童を連れて行ったか」
「へえ。すぐに帰すとは仰いやしたが……。河童が素直に行かねえもんですから、無理にだまして連れておいでに」
「あの河童、名は? 歳は?」
「本名は長吉と申しまして、十五で。なんでもこの一座が四、五年前、信州の善光寺へ乗り込んだ時に、拾ってきた子だとか。親はねえそうで」
「親父もか」
「へえ。親父は長吉が生まれると間もなく……。高い声じゃあ申せやせんが、なんでも悪いことをして、お仕置き(死罪)になったそうで」
「ふむ。……で、この頃、その河童(長吉)を誰か尋ねてきた者はねえか」
六助は、雨音に耳をすますように少し考え、やがて思い出したように頷いた。
「ありやす、ありやす。廻国の、六部のような男が」




