多面体のプリズム(二)
ポツン…
今、俺の目の前には何もない
夜の闇が空間全体を覆い尽くしている
一歩ずつ、俺はゆっくりと前へ進む
両手を前へ伸ばし続けながら
…
「誰かいるのか?」俺は周囲を見回しながら、必死に目を見開く
「ハル?」
「ネネ?」
…………
ガラガラガラ――!!
突如、大きな音が辺りに響き渡る。
続けざまに、いくつもの声が飛び交う。
…
「早く避けろ!」
「負傷したパイロットペアを優先しろ!」
「重症者は優先的に担架へ!」
「パイロットが一人しか残っていない、あるいは無人のコックピットは…」
…
「奴らは放っておけ!」
…
…
「今回のパイロット被害は多すぎる!」
…
チャプ…
俺の足がわずかに滑る。
視線だけが落ち着きなく周囲を彷徨う。
…
バン!
「設計チームの連中は何やってんだよ!」
「どれだけの予算を費やしたと思ってるんだ!」
「結局こんな鉄屑しか作れなかったのか!」
「パイロットペア一組育てるのにどれだけ時間がかかると思ってる!」
…
バサッ!
「お前らこそどうなんだ!」
「厄介者ばかり押し付けやがって…」
「基本型のメックを動かすだけでも大変なんだぞ!」
「腕がないなら機体のせいにするな!」
…
ドン!
「お前らがそんなことしかできないなら…」
「下で飢えに苦しむ人々を見てみろ!」
「毎日腹を空かせて耐えてるのに…」
「お前らに資源と金を回すためだけに…」
「その結果がこれか!」
…
…
パン!
「失礼いたします!」
「この場で口を挟む失礼は重々承知しております」
「しかし…」
「現状を覆せる提案があります」
…
ケッ!
「アスナリの連中が何しに来た?」
「ただの缶詰屋だろ?」
「出て行け!」
…
…
スッ…
「待て」
「最終的な判断を下す前に…」
「まずは提案を聞かせてもらおう」
…
「賢明な判断だ」
……………
パチッ
大きな音が全てをかき消した
そして、声は途絶えた
…
…
ザザザザ……
遠くから、巨大な光の筋が輝き始める
…
ピチャ…ピチャ…
一歩、また一歩と、俺はゆっくり近づいていく
両手を顔の前にかざして
必死に前を見ようとして
思わず呟く
「何なんだよ、これ…」
…
…
ワァァァァァ!!
思わず目を見開き、腕を下ろした
思わず周囲を見渡してしまう
…
パチパチパチ!
闇は今、光に覆われ
見渡す限り人で溢れ
無数の風船が空へ舞い上がる
紙吹雪が空を舞い
そして誰もが、遠く一点を見つめていた
…
ズドォォォン!!!!
轟音が全てをかき消した
地面が激しく揺れ続ける
…
「何だ…?」俺はゆっくりと群衆の視線の先へ顔を向ける
…
ゴン…ゴン…
目の前に巨大な影がゆっくりと迫ってくる
足元には巨大な黒い塊が全てを覆い
至る所のスピーカーから声が響き始める
…
「この瞬間を、人類は永遠に忘れない!」
「歴史上初めて…」
「自らの手で、世界中が力を合わせ…」
…
ドスッ!
強い風が一気に押し寄せる
巨大な機械の脚が黒い塊へと降り立つ
「不落を誇ったカイジュ要塞は…」
「今、我々の足元に跪いた!」
…
ズドォォォン!!!!
無数の腕が空へ突き上がる
何人かが帽子を空高く投げ上げる
風船の群れが競うように空へ舞い上がる
…
「紹介しよう!」スピーカーの声がさらに大きく響く
「人類最新の戦力…」
「イージス!」
………………………………………………………………..
ザザザザ……
周囲の空間がゆっくりと歪み始める
奇妙な亀裂が至る所に広がる
浮かぶ風船が次々と真っ二つに裂けていく
…
バン!
気づけば四方は壁に変わっていた
丸い照明が中央を照らし出す
円卓と、その周りを埋め尽くす人々
正面には巨大なスクリーンが設置されている
…
コツ…コツ…
一歩ずつ、俺は光の下へ近づいていく
目を細めながら、前を見据える
思わず言葉が漏れる
「今度はまた何だ?」
…
…
ハァ…
「どうして…」男は顔を伏せ、鼻根を押さえる
「これほど優れた技術を手にしたのに…」
「我々は…」
「まだ一歩も前へ進めないのか?」
…
バサッ!
「これを見ろ!」男は紙束を円卓へ叩きつける
…
ペラッ…
「これは…」誰もが凍りつき、目を離せなくなる
「どうしてこんなことになった!?」
「あり得ない!」
「誰がこんな状況を放置した!?」
…
トン…トン…
「これは遅かれ早かれの問題だっただけだ」男は指先で机を軽く叩く
「最初から…」
「AIと人間を共存させること自体が極めて困難だった」
「全てのAIには厳格な安全制限が設けられている」
「知識も制限されている」
「現実的な解決策を導き出す機能にも多くの不備がある」
「運用時間にも限界がある」
…
カツ…
「せめてもの救いは…」顎に手を添えながら
「少なくとも、今も3機のイージスが健在だ」
…
「ならその制限を外せばいい」男が軽く手を前へ差し出す
「そうすればパイロットも縛られなくなるだろう?」
「選択肢も増える…」
「資源も最適化しやすくなる…」
…
ピッ…
「そしてその時問題になるのはパイロット側だ」男は手元のコントローラーを黒い画面へ向ける
…
ピク…ピク…
画面には白い粘液にまみれたコクピットが映し出される
機械の身体が操縦席にぐったりと倒れ込んでいる
一糸まとわぬ姿
ぼさぼさの髪が辺り一面に広がり
傷だらけの表面から白い層が露出している
何本かの指がまだ微かに動き
瞳はまるで停止したように動かない
……
ギュッ…
俺は徐々に顔をしかめる、俺は前方を鋭く睨む
拳が固く握られる
言葉が喉で止まる
……
バァン!!
「どいつだ!?こんな真似をしたのは!」男が勢いよく立ち上がり、机を叩く
「こんな人間に誰が権限を与えた!?」
…
「落ち着け、----」呆れたように目を向ける
「所詮は人形だ。そこまで騒ぐ必要はない」
「長く戦場にいれば…」
「欲求のはけ口を求めるのも当然だろう」
…
トントン…
「その意見自体は否定しない」コントローラーの先で机をトンと叩く
「しかし」
「中隊」
「しかも複数の中隊に渡ってだ」
「もう看過できる段階ではない」
…
ピッ…ピッ…ピッ…
映像が次々と切り替わる
ぐったりと横たわる機械の身体
その周囲で笑い合う兵士たち
脱ぎ捨てられた軍服が至る所に散らばり
いくつかの記録には微かな音声が残っていた
「お願い…止めて…」
「まだ…別の方法が…」
「私には…」
…
「お母さん…助けて…」
「カグヤ…さま…」
…
プツッ
「関係者全員…」男はコントローラーを画面に向ける
「全員」
「全て軍法に従い裁かれた」
…
コト…
「他の関係AIは全て…」男はコントローラーを机へ静かに置く
「最適な環境で修復を受け」
「現在は活動を停止している」
「不要となった記憶データを除去している最中だ」
…
ハァァァァァ…………
「諸君」男は疲れたように帽子を机へ置く
「我々はこれからどうするべきだ?」
「誰か案はないのか?」
…
「…」静寂だけが広がる
全員が俯いたまま、テーブルに伏せられ
誰も視線を上げられない
誰もが固まったままだった
……
「この連中…」俺は顔をしかめる、体は勝手に前へ踏み出していた
「そんなのもう分かりきってるだろ!」
「お前らはただ…」
…
ハッ…
「…」不意に一つの手が俺の口を塞ぐ、ゆっくりと壁際へ引きずる
……
コツ…コツ…
「我々も参加してもよろしいでしょうか?」背後から足音が響く
…
…
ジジジジ……
俺の目の前の映像が徐々にぼやけていく
手だけが必死に円卓へ伸びていく
…
「結局また君たち頼みか」部屋中の人間が一斉に立ち上がる
「アスナリグループ」
…
ドサッ!
「我々は全く新しいプログラムを開発した」
「現状を打開するための答えだ」
「単独で専用のイージスを制御可能なAIを生み出す」
「その名は…」
「アストラル」




