当たり前のはずだったもの
ぼこぼこ…ぼこぼこ…
周囲は、四方八方を覆い尽くす夜の帳に包まれていた。
気泡が、俺の意識の奥で、気泡がくるくると渦を巻く。
体が急に重くなり、指一本すら動かせない
…
カンッ…カンッ…
小さな光の点が、俺の目の前を飛び抜ける
音が空間全体に響き渡る
そして不思議な緑色の線が、絶え間なく浮かび上がっては消える
…
うっ…うっ…
俺のまぶたがゆっくりと開き始める
映る映像はまだぼんやりとしている
……
ガンッ!
「お前はそれだけか?」聞き覚えのある、妙に馴染みのある声が響く
「その程度で、ここに来たつもりか?」
…
…
ギギギ…ギギギ…
「……」赤い体が、俺の目の前で必死に立ち上がろうとする
…
「これで終わりだ。」奇妙な杖を持った男が、赤い奴を睨みつける
コンッ
……
ガシャァン!
黒い枝が、赤い奴の全身の隙間から突き出る
緑色の光が、あらゆる場所で激しく弾ける
破片が次々と地面を埋め尽くす
…
「-----」
「------」
………
遠くから、枝の間を縫って
人形のような頭が、突然目を輝かせる
「なるほどな」
「お前の能力、そしてお前たちの現在の戦力は……」
「----------------------------------------」
…
周囲の空間に、小さな光が連なって現れる
どこにあっても、頭たちが次々と声を繋ぐ
「俺はたくさん学んだ」
「次に備えて、しっかり準備しておけよ」
「俺みたいに礼儀正しい奴ばかりじゃないからな」
………
ぶくぶく…
俺のまぶたがゆっくりと閉じていく、空間が再び闇に沈む
気泡がますます濃くなっていく
小さな光の筋が、俺の体を照らす
…………………………………………………………………………………………..
ポンッ!
奇妙な衝撃が、頭に直撃する
…
「戸上 ハル」聞き覚えのある声が、すぐ近くで響く
「いつまで寝てるつもりだよ?」
…
…
うっ…うっ…
俺のまぶたがゆっくりと開き始める、映像はまだぼやけている
体がゆっくりと起き上がり、両腕が妙にしびれる
乱れた髪が視界を覆う
…
さすさす…
俺は手を頭にやり、髪を直していく
目を大きく見開き、体を思い切り反らせる
……………………………………
目の前には、妙に懐かしいのにどこか奇妙な教室
周囲の影たちが、一斉に俺へと視線を注いでいる
俺の机の横で、ハヤマ先生が本を持って立っている
…
「遅くまで起きてたんだろ?」ハヤマ先生が顔をしかめて俺を見る
「頑張る時は頑張るけど…
ちゃんと自分の体も労わらないとダメだぞ!」
…
「は、はい…俺…」体をゆっくりと周りへ向けようとするが、喉が詰まったように動かない
…
はぁ…
「まあいい」ハヤマ先生は目を細め、軽く首を振る
「早く顔を洗ってこい!」
…………………………………………………………………………………………………………………..
「リーン♪」
校内放送のベルが、周囲の空間に響き渡る
どの教室も、今はもう人の気配がない
廊下には、夕陽の色だけが残っている
…
がやがや…がやがや…
長い列が、校門の方へと続いている
小さな会話が、あちこちで弾ける
そして笑顔が、それぞれの顔に浮かんでいる
…………
コツ…コツ…
「ねえ、ハルくん」ツメコさんがカバンの紐を握り、体を曲げて俺を見る
「今日一日、結構寝てたよね」
「昨夜もまた徹夜したんでしょ?」
…
「あれは…俺…」片手を額の後ろにやり、目を細める
「たぶん、そうだな」
…
ぷくーっ
「約束したのに」ツメコさんが頰を膨らませ、目を細める
「今回も何でまた徹夜したの?」
「前回だって、そういう理由で寂しかったんだよ?」
…
「ほらほら」レンが両手を頭の後ろにやり、胸を突き出す
「そんなに責めるなよ」
「だってハルはクラス全体を支えてくれてるんだぜ」
「そうじゃなかったら、今のクラスの点数なんて今の半分もいってなかっただろ」
…
「誰が言ってるのよ」ツメコさんが目を細め、体を伸ばしてレンを見る
「レンがいなかったら…
あの子がこんなに苦労することなかったのに!」
…
ピュー♪
「ハル様は自発的に手伝ってくれてるんだ」レンが顔を別の方向に向ける
「本人が大丈夫って言ってるなら大丈夫だろ」
「俺はただ、頼まれた通りにしてるだけさ」
…
ぎゅーっ
「その奨学金のせいじゃないわよ…」ツメコさんがレンを横目で見ながら、俺の腕にぎゅっと抱きつく
「まだまだレンにハルくんを渡す気なんてないんだから」
…
「そんなことないだろ!」レンが両手を下ろし、俺の方を向く
「奨学金があろうがなかろうが…
あいつは絶対に手伝うって」
「なあ、ハル?」
……
ピタッ
俺の体が急に止まる、足が固まる
目を見開き、カバンの紐を強く握る
「あの件は…
奨学金…俺は石若さんに譲ったんじゃなかったか?」
「それに…レンの補習も…」
…
「何言ってるの?」ツメコさんが首を傾げて俺を見る
「……石若って、誰だ?」
…
「……」喉がカラカラに乾き、唇が動かない
…
ポンッ!
「あの緑髪の女の子のことだろ?」レンが拳で手のひらを叩き、空を見上げる
「奨学金をハルと争った、あの緑髪の女の子
結局、最終テストで負けたんだろ?」
…
「レン、知ってたの?」ツメコさんが顔を上げてレンを見る
…
「知らないわけないだろ!」レンが腕を組んで、軽く頭を振る
「あの時、校長が二人に奨学金を賭けたテストを出したんだぜ
それぞれが一人の学力の低い生徒を担当して…
担当した生徒のテストの点が高い方が勝ち
奨学金はサポートした方にいくってルールだった」
…
「で、どっちが勝ったと思う?」レンが目を細め、口元に笑みを浮かべる
…
ぴとっ
「なんで教えてくれなかったのよ!」ツメコさんが俺の胸に顔を押しつけ、目を大きく見開く
「急に二人で内緒事するなんて
私よりあの子の方が信用できるってこと?」
…
「あのことは…」俺は顔を別の方向に向け、指で頰に触れる
…
「責めるなよ!」レンが腰に手を当てて言う
「校長が俺たちに秘密にするよう言ったんだから」
…
「そうだったの?」ツメコさんがさらに俺に寄り添う
「まあ、それならいいけど
でも次は私を仲間外れにしないで…
ね!」
…
「わかった…」俺は軽く頭を下げ、ツメコさんの方を見る
「次は全部話すよ」
…
「約束だよ!」ツメコさんが目を細め、微笑む
………
「ところでレン」俺は目を上げてレンの方を見る
「石若さん、今どのクラスにいるか覚えてるか?」
…
うーん…
「えっと…」レンが顎に手をやり、目を細める
「結構いろんな噂があってさ…
俺もよくわかんないんだけど…」
…
「でも、どうやら…」レンが俺の方を見る
「奨学金を逃した後…
あの女の子は学校を辞めたらしいよ
学校内でちょっとした噂もあって…
夜の街で何人かのおじさんたちと出入りしてるって話も聞いた」
…
「そんな人なら…」ツメコさんが眉を寄せる
「ハルくんに負けるのも当然よね
ね?」
…
…
体の感覚が、ふっと消えた。
目を見開き、喉がカラカラに乾く
「へっ?」
…
…
唇がわずかに動く、視線が地面に落ちる
「レン
ツメコさん
じゃあ…他のみんなは…どうなったんだ…」
…
ははは…
「今日は寝すぎて全部忘れちゃったのかよ、ハル?」レンが腰に手を当て、軽く頭を振る
…
「ハルくん、急にそんな冗談言うなんて…」ツメコさんが頰を俺に近づける
「あんまり面白くないよ」
…
「忘れたのか?」レンが目を丸くして俺を見る
「雨宮さんは留学に行ったよ
黒羽さんは有名サークルとコラボで長期休学中
クラス委員と副委員長は交換留学の期間中
残りの何人かは別の校舎で補習受けてる
結局残ってるのは俺たち三人だけだ」
…
「シノミ」唇がわずかに動く
…
「じゃあシノミはどうした?」視線を周囲に走らせる
…
「ハル」レンが体を傾け、顎に手を当てる
「俺とハルじゃちょっと記憶が違うのかもしれないけど…
うちのクラスに…
シノミなんて名前の奴、いたっけ?」
…
ぎゅっ…
「またハルくんが始まった」ツメコさんが俺の腕を強く抱きしめる
「いつも女の子に声かけてばっかりなんだから」
………
周囲の空間が、すべて静止したかのようだ
灰黒色の色が徐々にすべてを覆っていく
そして一筋の光が、俺の目の前で輝く
バッ!
…
…………………………………………………………………..
くるくる…くるくる…
ぼんやりとした映像が、再び俺の目の前に現れる
白い天井と、ゆっくり回る扇風機
緑色のカーテンが空間全体を覆っている
…
むくっ
アルミのベッドに薄いシーツ
体には白い布団がかかっている
点滴の管が腕に繋がれている
…
「ここは…結局…」頭を巡らせて周囲を見る
…
リン…
左側から小さな鈴の音が響く
長い髪の毛先が、空中を軽く揺れる
一人の少女が、優しく微笑みながら目を細めて俺を見る
「おかえりなさいませ、ご主人様」




