水面に映る月1
ゴールデンウィーク。
「ふにゃ」
春の模試も一通り。連休に入る。とは言っても受験生は自主勉強こそ本義なのだけど。
「はい。そんなわけで」
コーヒーを一口。
「お久しぶりです。華黒先輩。真白先輩」
千夜寺水月が声を掛けてきた。正確には出張サービス。華黒の淹れているコーヒーを飲んでいる。ちょっとした知り合いで、ついでに水月は華黒に惚れている。
「鏡花はどうしてるの?」
「迂遠的に大興奮」
矛盾しているようだけど、確かに鏡花らしくもある。
「それで華黒先輩」
「はいはい?」
「デートしませんか?」
「却下で」
――完。
とは至らないわけで。
「私の心は鏡花と同じく兄さんに預けてありますので」
「無念」
さほど大仰なことですか?
「あれからヒロインは増えていないでしょうね? 真白先輩……」
「増えてないよ」
「増えましたね」
畜生。呼吸するように嘘ついたのに、愛妹がハシゴを外しあたもうた。
「真白先輩らしいです」
水月の苦笑。次から次へと人が増えていくんだけど、そこに於いて華黒の人見知りが治らないのも何だかねぇ。
「どうせだから水月とデートしてきたら?」
「不義理に思わないので?」
「思いません」
「せめて思って欲しいです」
「嫉妬は華黒の領分でしょう?」
「乙女の領分です」
「とまれそんなわけで――」
ピンポーン。インターフォンが鳴る。客の相手は華黒。当たり外れはあれども、多分今回はそうでもなかろうぞ。
「おや。何か?」
「陣中見舞いで」
たしかに受験勉強は戦場だけどさ。そして受験は戦争だ。
「誰です?」
水月が首を傾げる。
「新しいヒロインですよ。白坂九十九。兄さんの実妹です」
「白坂……」
思う様子もあるのだろう。別段とってくったりもしないので、普通に常識の範囲で対処してくれた方がこっちとしても憂う事なく普遍的。とはいえ白坂と酒奉寺の対立は分かるし、その意味で僕がジョーカーになりそうなんだけど。
「イケメンですね」
それね。誰しも思うらしい。
「どうも。白坂九十九です。ええと?」
「千夜寺水月です」
「水月の君……ですか。っていうか」
「ていうか?」
「何をそんなに怯えているので?」
あー。サイコメトリーか。水月の仮面をスルーして鏡花に達したらしい。というか水月はあくまで代理だ。心の大半は鏡花で占められている。ディソシエイティブアイデンティティディスオーダー。俗に言うところの多重人格障害。それを千夜寺は患っている。
「ふむ……」
思惑するような九十九の含み
「何を見ていらっしゃるので?」
水月は困惑の真っ最中。
「義姉君が好きなんですね」
「ええ。そうですとも」
「此処でもコレですか」
「何がでしょう?」
水月が首を傾げる。
「私に一切の興味を持たない。イケメンだと言いながらも、心の言葉は空虚。けれど認識はしており、人間としての体裁は取り繕っていらっしゃる……」
「何なんです? この人」
水月は華黒に視線を振った。
「読心術の御手ですよ。触れた人間の心を読むようで」
「サイコメトリーって奴ですか?」
「ほぼ正解ですね」
あはは、と華黒の空笑い。
「もう一人は何なんです?」
「主人格ですよ。臆病なので表に出てくることはありませんけど」
「そうみたいですね」
それで納得する九十九も凄いけど、御本人は心を読むに長じているので、人心の塩梅は手慣れたもの……というところだろう。
「学内にはいませんよね?」
「どこぞのお嬢様学校所属だったかな?」
「ゴールデンウィークに遊びに来たんです。華黒先輩に会いたかったから」
「百合?」
「だねぇ」
ここは実妹と阿吽の呼吸。
「でも実際に華黒先輩以上の御尊貌って有り得ないと思うんですけど」
「兄君……真白先輩は?」
「男ですし」
それね。
「普通女性なら男性に恋するのでは」
「だから男性は女性に恋をするのでしょう?」
「なるほど」
水月の人格が男の物だと理解したらしい。
「ですから華黒先輩。デートしてください」
「却下」
――だから完。
といえば話は進まないわけで。
「受験勉強が終わったら何処かに行こうか」
「兄さんと?」
「水月と九十九もね」
「いいので?」
「よろしいので?」
「無理強いはしないよ。別段断っても華黒とイチャイチャするだけだし」
「兄さん……それじゃあホテルでイチャイチャしましょう!」
こういうところがなければ文句の一つも出ないんだけども。ソコまで期待するのは逸りすぎか。じっさいに華黒がどう思えど、此処ではあまり意味がない。水月の中には鏡花がいる。僕にゾッコンの乙女。華黒と仲良くすると心理的負担になるのだった。




